記憶の欠片
 ——過去の記憶が、最後のピースのように重なった瞬間。

 ゆっくりと、意識が浮上してきた。

 ……ここ、どこだろう。

 まぶたを開けると、白い天井が視界いっぱいに広がる。

 蛍光灯の光は柔らかく、少しだけ滲んで見えた。

 鼻をくすぐる、消毒液の匂い。

 カーテン越しに差し込む午後の光が、淡いレース模様を床に落としている。

 ベッドのシーツはきちんと張られていて、枕元には体温計と保冷剤、銀色のトレーが丁寧に置かれている。

 カーテンの向こうからは、校舎のどこかで鳴る足音と、遠くの教室のざわめきが、現実感を伴って届いてくる。

 ……保健室、だ。

 そう理解した瞬間、胸の奥で何かが、すとんと落ちた。

 これが……私が、記憶を失った原因……?

 頭の中で、音楽室の光景が静かに再生される。

 倒れてくるハープ。

 逃げられなかった、あの一瞬。

 そして——プツリと途切れた意識。


「……あ……」


 喉がかすれて、声にならない。

 そのとき、すぐ隣から、かすかな音が聞こえた。

 ——すすり泣き。


「……ひっ……」


 震えるような呼吸。

 聞き覚えのある声に、私はそっと顔を向ける。

 ベッドの脇の椅子に、明日香ちゃんが座っていた。

 両手で顔を覆い、肩を小さく揺らしている。

 目の下は赤く腫れていて、制服の袖は涙で湿っていた。


「私……怖くて……」


 掠れた声が、ぽつりと落ちる。


「また……愛梨ちゃんのこと、助けられなかったらどうしようって……」


 言葉の途中で、嗚咽がこぼれる。

 必死に堪えようとしているのが、痛いほど伝わってきた。


「私……いま、あの日のこと、思い出して……音楽室で……意識が……」


 それ以上、言葉は続かなかった。

 次の瞬間、ぎゅっと、強く。

 明日香ちゃんが、私の体を抱き寄せてきた。

 震える腕。

 すがるみたいな力。


「ごめん……ごめんなさい……」


 何度も、何度も。


「全部……私のせいなの……」


 その声は、泣いているというより、長い間押し殺してきた罪悪感が、ようやく溢れ出したみたいだった。

 しばらくして、明日香ちゃんは、私の制服を握りしめたまま、ぽつり、ぽつりと、言葉を紡ぎ始める。

 あの日のこと。

 あの時、どうして何も言えなかったのか。

 どうして、私のそばに立てなかったのか。

 保健室の静けさの中で、過去と後悔が、静かにほどけていく。
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