記憶の欠片
今こそ向き合え 明日香side
紅葉が色づきはじめて、校庭が少しずつ鮮やかさを増していく頃だった。
中学二年の秋。
隣の席になったのが、愛梨ちゃんだった。
小学校が同じだったこともあって、話しかけるのに時間はかからなかった。
笑うと目が細くなって、柔らかな声で、でもちゃんと相手の話を聞いてくれる子。
私はすぐに、彼女の隣が好きになった。
……だけど、すぐに気づいてしまった。
愛梨ちゃんは、虐められていた。
理由は、驚くほど簡単で、理不尽だった。
クラスのリーダー格の女の子の機嫌を損ねた。
ただ、それだけ。
何かしたわけじゃない。
悪口を言ったわけでも、邪魔をしたわけでもない。
「あいつ、なんか気に食わない」
そんな一言で、空気は一気に変わった。
取り巻きの女子たちは、あからさまに態度を変える。
無視、陰口、物を隠す、視線で笑う。
誰もが分かっていた。
でも、誰も止めなかった。
——次は、自分かもしれないから。
怖かったんだと思う。
私も、きっと例外じゃなかった。
それでも私は、彼女たちと深く絡んでいなかったから。
だからこそ、できた選択だったのかもしれない。
気づかないふりをして、いつも通り、愛梨ちゃんと話した。
「今日の授業さ、長くなかった?」
「この問題、ちょっと難しくない?」
そんな、どうでもいい会話。
でも、それが彼女を“ひとりにしない”ための、私なりの精一杯だった。
本当は、分かってた。
それが、逃げだってこと。
真正面から守ってあげられていないってこと。
愛梨ちゃんは、何も言わなかった。
つらいとも、苦しいとも。
ただ、少しずつ、笑う回数が減っていった。
愛梨ちゃんを、このクラスの状況を何とかしないと。
そう思っていた。
だけど、ある日から。
私は、彼女を避け始めた。
きっかけは、本当に些細なことの積み重ねだった。
消しゴムがなくなった日。
ノートが見当たらなかった日。
ペンケースの中身が減っていた日。
そのたびに、クラスの誰かが拾ってきてくれる。
そして、決まって同じ言葉を添えて。
「黒瀬さんが、盗ってるの見たよ」
最初は、即座に否定できた。
そんなの、絶対に嘘だって。
愛梨ちゃんは、そんなことをする子じゃない。
困ってる人がいたら、先に自分が傷つくような子だ。
私は、彼女のそういうところを知ってる。
……知ってた、はずだった。
でも、同じ話を何人もの口から聞かされるうちに、心のどこかに小さなヒビが入った。
「やめた方がいいよ」
「一旦、距離置こう?」
「巻き込まれるよ」
善意みたいな顔をした忠告が、じわじわと私を追い詰めていく。
——もし、本当だったら?
そんな考えが、頭をよぎってしまった瞬間、私は自分が怖くなった。
信じたいのに。
信じてあげたいのに。
でも、私には勇気がなかった。
だから私は、少しずつ、距離を取った。
隣の席でも、話しかける回数を減らして。
目が合っても、笑うだけで。
それでも、みんなみたいに陰口を叩くことはしなかった。
あんなふうに、彼女を貶める言葉を、口に出せなかった。
だって私は、知っている。
彼女が、どれだけ優しいか。
誰かの痛みに、どれだけ敏感か。
……もし、本当に盗んだのが愛梨ちゃんだったとしても。
私は、憎めない。
どうしてそんなことをしなきゃいけなかったのか、きっと理由があるって、思ってしまう。
だからこそ、余計に苦しかった。
信じきれない自分と、突き放すこともできない自分。
結果として私は、一番残酷な選択をしてしまった。
——そばにいながら、守らない。
それが、あの日へと続く道だったなんて、この時の私はまだ分かっていなかった。
中学二年の秋。
隣の席になったのが、愛梨ちゃんだった。
小学校が同じだったこともあって、話しかけるのに時間はかからなかった。
笑うと目が細くなって、柔らかな声で、でもちゃんと相手の話を聞いてくれる子。
私はすぐに、彼女の隣が好きになった。
……だけど、すぐに気づいてしまった。
愛梨ちゃんは、虐められていた。
理由は、驚くほど簡単で、理不尽だった。
クラスのリーダー格の女の子の機嫌を損ねた。
ただ、それだけ。
何かしたわけじゃない。
悪口を言ったわけでも、邪魔をしたわけでもない。
「あいつ、なんか気に食わない」
そんな一言で、空気は一気に変わった。
取り巻きの女子たちは、あからさまに態度を変える。
無視、陰口、物を隠す、視線で笑う。
誰もが分かっていた。
でも、誰も止めなかった。
——次は、自分かもしれないから。
怖かったんだと思う。
私も、きっと例外じゃなかった。
それでも私は、彼女たちと深く絡んでいなかったから。
だからこそ、できた選択だったのかもしれない。
気づかないふりをして、いつも通り、愛梨ちゃんと話した。
「今日の授業さ、長くなかった?」
「この問題、ちょっと難しくない?」
そんな、どうでもいい会話。
でも、それが彼女を“ひとりにしない”ための、私なりの精一杯だった。
本当は、分かってた。
それが、逃げだってこと。
真正面から守ってあげられていないってこと。
愛梨ちゃんは、何も言わなかった。
つらいとも、苦しいとも。
ただ、少しずつ、笑う回数が減っていった。
愛梨ちゃんを、このクラスの状況を何とかしないと。
そう思っていた。
だけど、ある日から。
私は、彼女を避け始めた。
きっかけは、本当に些細なことの積み重ねだった。
消しゴムがなくなった日。
ノートが見当たらなかった日。
ペンケースの中身が減っていた日。
そのたびに、クラスの誰かが拾ってきてくれる。
そして、決まって同じ言葉を添えて。
「黒瀬さんが、盗ってるの見たよ」
最初は、即座に否定できた。
そんなの、絶対に嘘だって。
愛梨ちゃんは、そんなことをする子じゃない。
困ってる人がいたら、先に自分が傷つくような子だ。
私は、彼女のそういうところを知ってる。
……知ってた、はずだった。
でも、同じ話を何人もの口から聞かされるうちに、心のどこかに小さなヒビが入った。
「やめた方がいいよ」
「一旦、距離置こう?」
「巻き込まれるよ」
善意みたいな顔をした忠告が、じわじわと私を追い詰めていく。
——もし、本当だったら?
そんな考えが、頭をよぎってしまった瞬間、私は自分が怖くなった。
信じたいのに。
信じてあげたいのに。
でも、私には勇気がなかった。
だから私は、少しずつ、距離を取った。
隣の席でも、話しかける回数を減らして。
目が合っても、笑うだけで。
それでも、みんなみたいに陰口を叩くことはしなかった。
あんなふうに、彼女を貶める言葉を、口に出せなかった。
だって私は、知っている。
彼女が、どれだけ優しいか。
誰かの痛みに、どれだけ敏感か。
……もし、本当に盗んだのが愛梨ちゃんだったとしても。
私は、憎めない。
どうしてそんなことをしなきゃいけなかったのか、きっと理由があるって、思ってしまう。
だからこそ、余計に苦しかった。
信じきれない自分と、突き放すこともできない自分。
結果として私は、一番残酷な選択をしてしまった。
——そばにいながら、守らない。
それが、あの日へと続く道だったなんて、この時の私はまだ分かっていなかった。