記憶の欠片
「……愛梨ちゃん、あの日からずっと学校に来なくて……」


 声が震えて、途中で言葉が途切れた。

 喉の奥がきゅっと締め付けられて、息がうまくできない。


「私……ずっと後悔してたの」


 視界が滲む。

 ベッドの白いシーツに、ぽたっと涙が落ちた。


「本当に、ごめんなさい……」


 あの時、信じきれなかったこと。

 怖くて、一歩踏み出すのが遅れたこと。

 助けを求めていたサインに、気づいていながら目を逸らしたこと。

 全部、全部。

 私は顔を伏せたまま、嗚咽を噛み殺していた。

 すると、かすかに布が擦れる音がして、次の瞬間、あたたかい感触が私の肩に触れた。


「……明日香ちゃん」


 弱々しい、でも確かに愛梨ちゃんの声。


「私ね……ずっと一人だって思ってた」


 胸が、ぎゅっと掴まれる。


「でも、今こうして明日香ちゃんが泣いてくれてるの見て……私、ちゃんと大切にされてたんだって、分かった」


「愛梨ちゃん……っ」


 私は耐えきれず、彼女の身体に縋りついた。

 細くて、あの日よりずっと軽くなった気がして、また涙が溢れる。


「私、嫌われたって、信じられなくなって……逃げてた」


「でも……もう逃げない」


 愛梨ちゃんの腕が、ぎこちなく私の背中に回る。

 力は弱いのに、その温もりが、何よりも確かだった。


「明日香ちゃん」


「私たち、ちゃんと話そう。これからは……一緒に」


「……うん」


 保健室には、静かな午後の光が差し込んでいる。

 カーテンが揺れて、消毒薬の匂いがふわりと漂う。

 私たちは言葉を失ったまま、しばらく泣き続けた。

 取り戻せなかった時間の分まで。

 すれ違ってしまった気持ちの分まで。
 
< 82 / 153 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop