記憶の欠片
「きゃーーー!」


「かっこいい〜♡」


 歓声が波のように会場を揺らす。

 屋内施設に反響した声が、天井の高い空間にいつまでも残っている。

 体育大会は、外の秋の空気とは切り離された場所で進んでいた。

 それでも、半袖とジャージの間を抜ける冷房の風に、夏が完全に終わったことを思い知らされる。

 休憩時間。

 私は自分の席でのんびりしながら、次のプログラムをぼんやり待っていた。

 その時——ふいに、頬に冷たい感触。


「っ、冷た……!」


 驚いて振り向くと、三湊くんがペットボトルを私の頬に当てたまま、楽しそうに笑っていた。


「お疲れ。顔赤いから、冷やしとこーと思って」


 そう言って、軽くペットボトルを引っ込める。

 冷たさが残った頬に、今度はじんわりと熱が集まってくる気がした。

 気づけば、クラスで固まっていたはずの席順は崩れていて、周りには誰もいない。

 応援に行ったり、友達のところへ移動したりしたのだろう。

 残されたのは、最上段の席。

 視界を遮るものは何もなく、会場全体がよく見渡せる。


「なんかさ、ここ……特等席じゃない?」


 私がそう言うと、三湊くんは前を向いたまま小さく頷いた。


「だな。全部見える」


 しばらく二人で並んで座り、他学年の競技を眺める。

 走る足音、笛の音、名前を呼ぶ声。

 遠くで揺れる応援旗が、色とりどりに視界を埋めていく。

 言葉は少ないのに、不思議と落ち着く時間だった。

 人のいない一番上の席で、喧騒から少しだけ切り離されたような感覚。

 ——体育大会の真ん中で、ほんのひととき訪れた、静かな秋の休憩時間。

 ホイッスルの鋭い音が鳴り、次の競技が始まった。

 まずは綱引き。

 床に引かれた白線を挟んで、両端に並ぶ生徒たち。

 合図と同時に、全員が一斉に後ろへ体重をかける。


「うわ、めっちゃ踏ん張ってる」


「腰落としてる方が強いな、あれ」


 三湊くんが顎で向こう側を指す。

 ロープがギギ、と軋む音を立て、靴底が床を擦る。

 応援の声が重なって、会場の空気が一気に熱くなる。

 一瞬こちらに傾いたと思った次の瞬間、反対側に引き戻される。

 勝敗が決まった瞬間、どっと歓声とため息が混じった。


「今の、惜しかったな〜」


「ね、あと一歩だったのに」


 次は玉入れ。

 高いカゴを見上げて、色とりどりの玉が宙を舞う。


「投げ方、独特すぎない?」

「下からふわって投げるの、上手い人いるよな」


 玉がカゴに吸い込まれるたびに、カラン、カランと軽い音が鳴る。

 必死に投げ続ける姿がどこか可笑しくて、思わず笑ってしまう。

 そして、会場の雰囲気が少しだけ柔らぐフォークダンス。

 音楽が流れ、円になった生徒たちがリズムに合わせて動き出す。


「これ、毎年ちょっと照れるやつ」


「分かる。目合わせないようにしてる人多い」


 すれ違う瞬間のぎこちない動き、笑いをこらえる顔。

 さっきまでの真剣勝負とは違う、穏やかな空気が流れていた。

 ひと通り競技を見終えたところで、三湊くんがふと思い出したように言う。


「そういえば、昼からリレーあるじゃん」


「あ、うん。いよいよだね」


「二組も白組だしさ。俺たち、同じチームなわけだ」


 その言葉に、私は少し背筋が伸びる。

 白組。

 仲間。

 その響きが、なんだか心強い。


「後半も頑張ろうね」


「おう、全力で」


 三湊くんはそう言って、軽く拳を差し出してきた。

 私は少し迷ってから、同じように拳を出す。

 コツン、と小さな音。


「じゃ、行ってくるわ」


「うん、応援してる」


 そう言って彼は人の流れに紛れていった。

 胸の奥に、ほんのりと熱が残る。

 ——体育大会は、まだ続く。

 後半戦に向けて、白組の一員として。

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