記憶の欠片
リビングには、いつもの家族の声が続いている。
すると突然、玄関のほうから鍵の開く音がした。
「……?」
誰かが帰ってきた。
そう思った次の瞬間、靴を脱ぐ音がして、足音が廊下をまっすぐこちらへ向かってくる。
だんだん近づいて、リビングの前で、ぴたりと止まった。
「え?」
そう思う間もなく——扉が、勢いよく開いた。
「姉ちゃん!」
次の瞬間、強い衝撃と一緒に、腕に包み込まれる。
「わっ……!」
抱きしめられて、バランスを崩しかけたところを、ぎゅっと支えられた。
見上げると、そこにあったのは、見覚えのある顔。
「……怜桜」
声に出した瞬間、胸の奥が一気にあたたかくなる。
弟の、怜桜。
今朝、記憶の中から必死に引き寄せたばかりの存在。
「ほんとに……ほんとに戻ってきたんだ」
怜桜はそう言って、力を緩めない。
「ちょ、ちょっと……苦しい」
そう言いながらも、私は腕を離さなかった。
「会いたかった……」
その一言で、胸がいっぱいになる。
「私も。怜桜、元気だった?」
「それはこっちのセリフだろ」
怜桜は少し照れたように笑って、ようやく体を離した。
その顔を、私はまじまじと見る。
記憶の中のままの輪郭。少し大きくなった気もするけれど、それでも間違いない。
——私の弟だ。
「おかえりなさい、怜桜」
お母さんがそう言うと、怜桜は照れ隠しみたいに頭をかいた。
「ただいま。……姉ちゃん、入学式どうだった?」
その問いかけに、私は思わず笑った。
「うん。いろいろあったよ」
本当に、いろいろ。
怜桜は、ソファの端に腰を下ろすと、少し照れたように肩をすくめた。
「俺さ、中学、結構遠いとこ通ってるじゃん。だから今、寮に入ってるんだ」
「え、そうだったんだ」
記憶としては知っているはずなのに、改めて聞くと新鮮だった。
怜桜は、私の反応を気にするように、ちらっとこちらを見る。
「今日はたまたまスケジュール空いてさ。姉ちゃんの入学式の日だし、どうしても顔見たくて」
その言葉に、胸の奥がじんとする。
「ありがとう……来てくれて嬉しい」
「そりゃ来るでしょ」
そう言って、怜桜は少し得意げに笑った。
「でね」
夏花が身を乗り出す。
「お兄ちゃん、まだあれ言ってないでしょ」
「……ああ」
怜桜は一度、軽く咳払いをしてから続けた。
「中学入ってすぐ、スカウトされたんだよ。
ライブハウスで声かけられて」
「スカウト?」
私の言葉に、お母さんが嬉しそうに微笑む。
「それで、バンド始めた」
「バンド!?」
「ボーカル、ベース、ギター、ドラムの四人組でさ」
怜桜は少し照れながら、でも誇らしそうに言う。
「俺は……ボーカル」
その一言が、なんだかすごく怜桜らしく感じられた。
しっかりと「あの夢」を追いかけてるんだ。
「バンド名は?」
夏花が目を輝かせて聞く。
「SEASON」
「由来は?」
私がそう聞くと怜桜は分かりやすく説明してくれた。
「メンバー全員の名前に、季節に関する漢字が入ってるんだよ。春、夏、秋、冬。それぞれ違うけど、全部そろって一つ、みたいな」
「……いい名前だね」
思わず、そう言っていた。
怜桜は少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑う。
「だろ?」
リビングでは、しばらく音楽の話が続いた。
練習のこと、寮生活のこと、ステージに立ったときの緊張。
お母さんは怜桜の話を聞いた後、頷きながら言った。
「体だけは、大事にしなさいね」
「分かってる」
そんなやり取りを眺めながら、私はソファに身を沈める。
失われた時間の中で、怜桜は自分の居場所を見つけていた。
それが、少し誇らしくて、少しだけ置いていかれた気もして。
でも——こうして同じ空間で、同じ話を聞けている今が、確かにあった。
私はコップを両手で包みながら、このあたたかい時間を、そっと胸に刻んだ。
すると突然、玄関のほうから鍵の開く音がした。
「……?」
誰かが帰ってきた。
そう思った次の瞬間、靴を脱ぐ音がして、足音が廊下をまっすぐこちらへ向かってくる。
だんだん近づいて、リビングの前で、ぴたりと止まった。
「え?」
そう思う間もなく——扉が、勢いよく開いた。
「姉ちゃん!」
次の瞬間、強い衝撃と一緒に、腕に包み込まれる。
「わっ……!」
抱きしめられて、バランスを崩しかけたところを、ぎゅっと支えられた。
見上げると、そこにあったのは、見覚えのある顔。
「……怜桜」
声に出した瞬間、胸の奥が一気にあたたかくなる。
弟の、怜桜。
今朝、記憶の中から必死に引き寄せたばかりの存在。
「ほんとに……ほんとに戻ってきたんだ」
怜桜はそう言って、力を緩めない。
「ちょ、ちょっと……苦しい」
そう言いながらも、私は腕を離さなかった。
「会いたかった……」
その一言で、胸がいっぱいになる。
「私も。怜桜、元気だった?」
「それはこっちのセリフだろ」
怜桜は少し照れたように笑って、ようやく体を離した。
その顔を、私はまじまじと見る。
記憶の中のままの輪郭。少し大きくなった気もするけれど、それでも間違いない。
——私の弟だ。
「おかえりなさい、怜桜」
お母さんがそう言うと、怜桜は照れ隠しみたいに頭をかいた。
「ただいま。……姉ちゃん、入学式どうだった?」
その問いかけに、私は思わず笑った。
「うん。いろいろあったよ」
本当に、いろいろ。
怜桜は、ソファの端に腰を下ろすと、少し照れたように肩をすくめた。
「俺さ、中学、結構遠いとこ通ってるじゃん。だから今、寮に入ってるんだ」
「え、そうだったんだ」
記憶としては知っているはずなのに、改めて聞くと新鮮だった。
怜桜は、私の反応を気にするように、ちらっとこちらを見る。
「今日はたまたまスケジュール空いてさ。姉ちゃんの入学式の日だし、どうしても顔見たくて」
その言葉に、胸の奥がじんとする。
「ありがとう……来てくれて嬉しい」
「そりゃ来るでしょ」
そう言って、怜桜は少し得意げに笑った。
「でね」
夏花が身を乗り出す。
「お兄ちゃん、まだあれ言ってないでしょ」
「……ああ」
怜桜は一度、軽く咳払いをしてから続けた。
「中学入ってすぐ、スカウトされたんだよ。
ライブハウスで声かけられて」
「スカウト?」
私の言葉に、お母さんが嬉しそうに微笑む。
「それで、バンド始めた」
「バンド!?」
「ボーカル、ベース、ギター、ドラムの四人組でさ」
怜桜は少し照れながら、でも誇らしそうに言う。
「俺は……ボーカル」
その一言が、なんだかすごく怜桜らしく感じられた。
しっかりと「あの夢」を追いかけてるんだ。
「バンド名は?」
夏花が目を輝かせて聞く。
「SEASON」
「由来は?」
私がそう聞くと怜桜は分かりやすく説明してくれた。
「メンバー全員の名前に、季節に関する漢字が入ってるんだよ。春、夏、秋、冬。それぞれ違うけど、全部そろって一つ、みたいな」
「……いい名前だね」
思わず、そう言っていた。
怜桜は少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑う。
「だろ?」
リビングでは、しばらく音楽の話が続いた。
練習のこと、寮生活のこと、ステージに立ったときの緊張。
お母さんは怜桜の話を聞いた後、頷きながら言った。
「体だけは、大事にしなさいね」
「分かってる」
そんなやり取りを眺めながら、私はソファに身を沈める。
失われた時間の中で、怜桜は自分の居場所を見つけていた。
それが、少し誇らしくて、少しだけ置いていかれた気もして。
でも——こうして同じ空間で、同じ話を聞けている今が、確かにあった。
私はコップを両手で包みながら、このあたたかい時間を、そっと胸に刻んだ。