記憶の欠片
 ケーキを食べて、またカラオケで歌ったりゲームをしたりしているうちに、気づけば時計の針は夜の七時を過ぎていた。

 明日香ちゃんは「家族とご飯だから」と言って帰宅することに。

 扉の前で振り返った明日香ちゃん、は私に小さくコソッと耳打ちした。


「二人きりのクリスマス、楽しんで」


 その言葉に、私は思わず頬を赤くしてうなずく。

 ドアが閉まると、街は雪に包まれ、シーンとした静けさの中にイルミネーションの光が反射していた。

 慧くんがそっと近づいてきて、私の首にマフラーを巻いてくれる。

 手先の温かさがじんわり伝わり、思わず心臓が跳ねる。


「外、寒いから」


 彼の声は低く、優しい。

 雪は静かに舞い落ち、街灯の光でキラキラと輝く。

 雪のカーテンに包まれたような夜の街。

 街路樹には白く雪が積もり、イルミネーションの赤や緑、青が雪に反射して幻想的に光る。

 足元には雪の上を踏むたびに小さく「キュッ」と音が響き、吐く息は白く夜空に溶けていく。

 二人きりの世界。

 周りの喧騒は遠くに消え、雪の音と私たちの足音だけが重なる。

 慧くんと私はゆっくりと歩き、時折お互いの視線が交わる。

 光に照らされる慧くんの横顔は、雪の白さと街灯の光に溶け込み、どこか柔らかく見えた。

 私は自然と手を伸ばし、慧くんの手に触れる。

 手のひらが温かく、冷たい冬の夜でも心がじんわりと温かくなる。

 そのまま二人は、雪と光に包まれた街を静かに歩き続けた。

 私は慧くんの手に触れたまま、指をそっと絡める。

 少し驚いたように慧くんの手が一瞬止まるが、やがてしっかりと握り返してくれる。

 その温もりに、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 街を歩きながら、二人はイルミネーションの光に目を向ける。

 街路樹には色とりどりの小さな電球が巻き付けられ、赤、青、緑、白が雪の上で反射し、まるで宝石のように輝いている。

 建物の屋根や軒先には雪が積もり、淡く光を帯びた街灯の光と混ざり合い、幻想的な景色を作り出す。

 空気は冷たいけれど、光に包まれたこの夜の温度はどこか優しい。


「愛梨…」


 慧くんの低くて少し照れくさそうな声が耳元で響く。


「慧くん…」


 思わず返す私の声も、雪の静けさの中で優しく溶けていく。

 二人の間を包む光は、まるで時間を止めたかのように柔らかい。

 ふと目を上げると、街路樹の枝先でイルミネーションがちらちらと瞬き、雪の結晶に反射して細かい光の粒となって舞っている。

 まるで世界が二人だけのために飾られたみたいだ。

 慧くんが少し照れくさそうに肩をすくめ、でも笑顔で続ける。


「寒くない?」


「うん、大丈夫。慧くんが一緒だから」


 小さな声で返すと、彼はぎゅっと手を握り返し、少し顔を赤くして笑った。

 私たちはそのまま、雪と光に包まれた街をゆっくり歩き続ける。

 握り合った手の感触、イルミネーションの柔らかな光、冷たい空気…全てが胸の奥に染み込んで、温かい余韻になる。

 二人で歩く雪道。

 吐く息は白く、足元では新雪がきゅっと小さな音を立てていた。

 慧くんの笑う横顔を見た瞬間、胸の奥に溜め込んでいた想いが、一気に溢れ出しそうになる。

 このまま、何も言わずに別れるなんてできない。

 別れ際、私は勇気を振り絞って慧くんの袖口を掴んだ。

 指先がかすかに震える。


「慧くん……あの、私……」


 言葉は、思っていたよりもずっと簡単に零れた。

 好きだという気持ち。

 ずっと大切にしてきた想い。

 告白を終えた瞬間、世界が音を失った。

 沈黙。

 イルミネーションは相変わらず瞬いていて、通り過ぎる人たちの笑い声や足音も聞こえるはずなのに、まるで全部が遠い。

 雪が街灯の光を受けて、ゆっくり、静かに舞い落ちる。

 ほんの数秒のはずなのに、永遠みたいに長く感じた。

 慧くんは唇を強く噛みしめ、視線を落としていた。

 肩がわずかに揺れていて、今にも泣き出しそうな顔。

 やがて、ゆっくりと口を開く。


「愛梨……ありがと……っ、でも……」


 声が、震えていた。

「……付き合えない」


 その一言が、冷たい刃物みたいに胸に突き刺さる。

 痛い、と感じる前に、息が詰まった。

 頭の中が真っ白になって、彼の次の言葉をうまく受け止められなかった。

 ただ、彼が苦しそうに続けた最後の言葉だけが、妙に鮮明に残っている。


「俺じゃ……ダメ、なんだ」


 それからどうやって帰ったのか、ほとんど覚えていない。

気づいたら玄関の鍵を閉めていて、コートも脱がないままベッドに身を投げ出していた。

 天井を見つめながら、彼の言葉を何度も思い返す。

 ——俺じゃ、ダメ。

 それは、私のことを想っての言葉だったのか。

 それとも、慧くん自身の問題だったのか。

 分からない。

 ただひとつ確かなのは、あの雪の夜の光と、彼の震える声が、胸の奥に深く残って消えないということだけだった。

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