桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 私はまた、何も出来ない。
 そう考えたら、足が動いていた。驚いたお姉様の気配に振り向く。
「軽率な行動は控えないと、ユウリがまた傷付くかもしれない。でも、私は立ち止まれない。立ち止まることの怖さを知ってしまったから。それに、約束したの。必ず助ける、絶対貴方を此処から出してあげる。だから諦めないでって。私、じっとしてなんかいられないよ」
「待って」
 お姉様の顔が悲しげに歪む。その一瞬だけ、まるで夢の世界のように景色がボヤけた。
 この地に立っていることが不透明になったような。ロリーナお姉様の言葉は掠れて消えていく。
 その事実を掻き消したくなって、家の扉を開けて足を走らせる。
 緑と赤のコントラストを抜けて、再び壁の隙間をくぐる。ウサギがいないか周りを見渡してみたけれど、葉は生き物の存在を否定するようにカサリとも動かなかった。
「だから、知らんと言っているだろう!」
 遠くで男の人の声が憤りを発している。少し怖いけれど、その怒号をコンパスにして進むと、玄関先でレオナルドと名乗った警官が立っていた。
「子供達の姿を見たら帰る」
「だから、今は、会わせられない! 奴らは外出中だ!」
「なら、中で待たせて頂いてもかまわないか?」
「ダメだ! 俺は今忙しい。お前ら番犬に付き合う時間はない。分かったらとっとと帰ってくれ」
 ユウリの叔父様が扉を閉めようと上半身を館の中へ戻していく。この扉が閉まってしまえば、二度とユウリやその使用人の子達を救えない気がした。真実を伝えようと、大きく息を吸い込む。けれど、レオナルド警官の決断の方が早かった。
「では敷地外を捜索させて頂く。子供達は外出中なのだろう? 我々も仕事できているからな、何かしらしなければ帰れない」
「そうしてくれ」
 おじ様はあからさまに安堵すると、扉を閉めてしまった。私にはそれが、ユウリ達を助けることが出来る唯一の機会が閉ざされてしまったように思えた。
 ユウリも使用人の子供達も、館の中にいるのに。
 ショックで声を出せずに佇む私の方へ、レオナルド警官が早足で歩いてくる。その無表情からは何の感情も読み取れない。虐待を受けている子供達のことをどうとも思わないのだろうか。この人にとって、巡回するただの仕事に過ぎないのだろうか。
 憤怒で血液が沸騰するような感覚は初めてで、自分が自分でなくなりそうだった。レオナルド警官の冷たい眼光に、三月ウサギを斬った時を思い出す。あのときも彼は、命令のまま命を切り捨てようとした。
 レオナルド警官が私の目の前で止まる。
「君は子供がどこにいるのか案内出来るのだろう。案内してくれ」
「えっ」
 予想外の言葉に、私は目を丸くしているのだろう。レオナルド警官は私の心中など予測済みだと言うように口を開いた。
「君の髪に付いている鉄錆びの汚れ、壁の破片。土で汚れた服は、そこの穴を潜ったからか。由緒ある家の娘とは見受けられないやんちゃさだな。察するに、君は囚われているユウリキリマに出会ったのだろう。案内してくれ。そちらに赴き、事故に見せかけ証拠を掴む」
 あんなに激しく燃えようとしていた憤りが治まっていく。口調は至って冷静で、レオナルド警官は慣れているのか責めるわけでもなく、淡々と述べる。自分の考えていたことが恥ずかしくて、思わず視線を逸らしてしまった。
「ごめんなさい、私、ユウリを助けてくれないかもしれないって思ってしまいました」
「今のやり取りを見て、そう思って当然だろう。何も君自身を責める必要はない」
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