桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 その日から黒ウサギはここに住むようになった。勿論、黒ウサギは金のない身。屋敷の手伝いをしていたが、手伝いがない日は外に働きに出たりしていた。 住む場所を失った黒ウサギだったが、いつの間にか家族になっていた。そして出会って八年経った先日。黒ウサギは館を出た。
『黒ウサギ、本当にここを出ていくのか?』
『出ていく。帽子屋には世話になったな』
 ――俺を育ててくれた人が死んだ。家を、追い出されてもう――
『まだ館にいたっていいんだぞ?』
『もうこき使われるのはごめんだな。それに』
 黒ウサギの持つ金色の懐中時計が揺れた。
 じきにアリスがここに来る。
「その時黒ウサギは、どうしてもアリスに時計を止められるわけにはいかない、と言っていたな。世界の崩壊がかかっているっていうのにな」
「帽子屋は、黒ウサギが大事なんだね」
「ああ。大事だよ。大事な、家族だ」
「うん」
 帽子屋から伝わってくる。例え過ごした時間は少なくても、黒ウサギは大切だってこと。
 黒ウサギは、私と一緒なんだ。血が繋がってなくても、家族がいる。想ってくれる家族が。
「それで? 白ウサギの方は?」
「これが、白ウサギだ」
 チェシャ猫が急かすと、帽子屋がページをめくる。指した先には、少年がいた。
「これが、白ウサギ?」
「だって、これは」
 雪のような白い髪。吸い込まれそうなくらい綺麗な赤い瞳。そして白いウサギ耳。でも、顔は……
「黒ウサギ?」
 髪の色も、瞳の色も違う。でもこの見たことのある顔立ちは、黒ウサギそのもの。
「正真正銘、彼は白ウサギだ」
「帽子屋、もしかして二人は」
「不思議だが、双子だ」
「ええ! ウサギが、双子?」
「俺も驚いたさ。なんせ黒ウサギと同じ顔が門に立っていたんだからな」
「白ウサギはいつ頃ここに来たんだい?」
「そうだな。白ウサギがここに来たのは、ちょうど黒ウサギが出かけていた日だった。白ウサギは黒ウサギを探してこの館に訪れた。だが、白ウサギがこの館に留まり、黒ウサギを待つ間、洪水や嵐が起こり、黒ウサギは帰ってくることが叶わなかった。白ウサギが帰ると嵐は止み、その時これが呪いなのだと実感した。それから白ウサギはよくここに来るようになったが、行き先は知らない。後をつけてみた事もあるが、足取りは必ず途中で消える」
 チェシャ猫みたい、と思ったけれど、きっとウサギの穴を使っているのかもしれない。
「でも、どうしてウサギ達は私に会いたくないんだろう」
 自分が選ばれなければ消えてしまうのに。刻限の時から逃げ続け、なぜそこまでしてウサギ達は私を避けるんだろう。その問いに答えるかのように帽子屋がこちらに向き、微笑んで言った。
「単純にアリスに会いたくない、というのもあるかもな。ただ、それにしては入念すぎる。その答えを知りたければウサギに直接聞くことだな。ウサギの穴を使って此処に来たのだろう? この街にいるはずだ」
 さらりと意地悪を言われた気がするけど、真に受けちゃダメだよね。
「なら街に聞き込みに出ようか」
「そうだよね。白ウサギを探さなきゃ」
「街の案内なら俺がしてやろうか?」
 声の主を探すと、部屋の入口の壁に寄りかかっている眠りネズミがいた。
「何の用だ?」 
「ククッ。機嫌直せよ帽子屋。俺もわざとじゃないぜ。お前に仕事だ」
 帽子屋がため息をつきながら立ち上がる。
「ウサギの事、全然話してやれなくて悪いな」
「ううん。少しでもウサギの話が聞けて良かったよ。ありがとう」
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