桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
1 切なる記憶
1 切なる記憶
海ガメスープ店から一歩外へ出ると、川ではなく街へ出た。雨が濡らした地面の香りと、雫が奏でる音楽が五感を刺激する。見上げた空は灰色の雲に覆われ、色素を無くしてしまったみたいだった。
「傘を借りて良かったね。今日は飴の日じゃないから濡れたら風邪を引くよ」
いつの間にか傘を開いていたチェシャ猫が、こちらを見つめている。
大丈夫。そう言われた気がした。踏み出して、それでも立ち止まりそうになる私の背中を押してくれていることが伝わってくる。
先に進もうと言っておきながら、結局はチェシャ猫に引っ張られている。今までのままじゃダメだ。
「よし! 黒ウサギを探さなきゃ! それに帽子屋をこれ以上待たせたらいけないよね!」
傘の柄を掴もうと手を伸ばすと、さりげなく柄を遠ざけられてしまった。傘に乗った雫が、淡い光を放って落下する。つま先で精一杯背伸びをしても、上へ持って行かれては届かない。チェシャ猫の身長は高いほうではないけれど、私の身長では敵うはずがなかった。
「僕が持つよ」
「でも、いつもチェシャ猫にばかり任せきりだから」
チェシャ猫が優しく笑った、その刹那。
『僕が持つよ』
埋もれていた記憶が弾けて、瞼の裏に浮かぶ。
雨。大きな傘。優しく笑った男の子。
「どうしたんだい?」
浮かんだのは夢魔の所で見た星、私が昔見た夢にいた男の子。そうだ、どうして忘れていたんだろう。あの男の子は昔、私の傍に存在した。夢の登場人物なんかじゃなくて、現実に存在していた。
弾けた記憶を手繰り寄せ、必死で探す。
思い出して、あの男の子の事。あの日の事。あの、切ない心を――
「アリス?」
記憶を見ていた私の視界に現れた赤。一気に現実に引き戻されたような気がしたのに、心配そうなチェシャ猫の顔が幼い男の子の顔と重なり、霞んだ記憶が鮮明なものとなる。
そうだ。夢に出てきた男の子の笑った顔は、誰かに似ていると思ったけれど、チェシャ猫だ。
海ガメスープ店から一歩外へ出ると、川ではなく街へ出た。雨が濡らした地面の香りと、雫が奏でる音楽が五感を刺激する。見上げた空は灰色の雲に覆われ、色素を無くしてしまったみたいだった。
「傘を借りて良かったね。今日は飴の日じゃないから濡れたら風邪を引くよ」
いつの間にか傘を開いていたチェシャ猫が、こちらを見つめている。
大丈夫。そう言われた気がした。踏み出して、それでも立ち止まりそうになる私の背中を押してくれていることが伝わってくる。
先に進もうと言っておきながら、結局はチェシャ猫に引っ張られている。今までのままじゃダメだ。
「よし! 黒ウサギを探さなきゃ! それに帽子屋をこれ以上待たせたらいけないよね!」
傘の柄を掴もうと手を伸ばすと、さりげなく柄を遠ざけられてしまった。傘に乗った雫が、淡い光を放って落下する。つま先で精一杯背伸びをしても、上へ持って行かれては届かない。チェシャ猫の身長は高いほうではないけれど、私の身長では敵うはずがなかった。
「僕が持つよ」
「でも、いつもチェシャ猫にばかり任せきりだから」
チェシャ猫が優しく笑った、その刹那。
『僕が持つよ』
埋もれていた記憶が弾けて、瞼の裏に浮かぶ。
雨。大きな傘。優しく笑った男の子。
「どうしたんだい?」
浮かんだのは夢魔の所で見た星、私が昔見た夢にいた男の子。そうだ、どうして忘れていたんだろう。あの男の子は昔、私の傍に存在した。夢の登場人物なんかじゃなくて、現実に存在していた。
弾けた記憶を手繰り寄せ、必死で探す。
思い出して、あの男の子の事。あの日の事。あの、切ない心を――
「アリス?」
記憶を見ていた私の視界に現れた赤。一気に現実に引き戻されたような気がしたのに、心配そうなチェシャ猫の顔が幼い男の子の顔と重なり、霞んだ記憶が鮮明なものとなる。
そうだ。夢に出てきた男の子の笑った顔は、誰かに似ていると思ったけれど、チェシャ猫だ。