たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「だいぶ波がしけてきたな……」
「どうします?もう、時間的に限界かと……」
「……ああ。今しかないな」

隣のテントの前方からそんな声が聞こえてきた。

小仁監督と助監督が、目の前に広がる海の様子を見ながら、真剣に立ち話している。

私は、もうそんな一言一言にも、いちいちハラハラさせられていた。

(え?あんな状態で?本番?……)

でも、それからすぐ、二人の前に、スタッフさんがやってきた。

「スタンバイお願いします」

拓真は、すぐに湊を立たせた。
自分も立ち上がった。

「わかりました」

湊はまだ、下を向いている。

でも、もう、拓真が振り返ることはない。
一人で歩き出す。
自分の影を連れ、大波に向かう。

湊も、後に続く。
やっぱり俯いたまま、小さな影を連れて。

拓真が、先についた。
遅れて、湊がその隣に。

砂浜には、二つの影が並んだ。
右は、大きい。
左は、小さい。

「柳生!湊!日が落ちるまで、チャンスは一回きりだ。分かってるな?」

小仁監督の声が聞こえる。

拓真は、意識を集中させるように、肩を大きく動かした。
湊は、ずっと俯いている。

二人は振り返らない。
言葉も返さない。

だから、監督も、もう待たない。

「じゃあ、本番!」

すると、拓真が、初めて湊を見た。
手を出した。

湊は、ちょっとだけ顔を上げた。
拓真の手を見た。
自分の手を乗せた。

でも、また、すぐに俯いた。

拓真も、また、前を向く。
指だけは、グッと折りこんだ。
湊の手に、食い込ませるように。

「よーいっ、アクション!」

始まった。
もう、引き返せない。

なのに、私はまだハラハラしている。
というか、さっきより、ずっと。

だって、結局、湊は一度も顔を上げなかったから。今も、そう。

平次の顔は、しっかり夕日に照らされている。

「ぼう、怖いか?」

でも、与助に光は当たらない。
俯いたまま。

ブルブルと首を横に振る。

だけれど、小さな指の力だけは、しがみつくように、ギュッと強くなった。

すると、平次が初めて微笑んだ。

声には出さない。
ただ、ふっ、と口角を上げた。

「共に行くのだ。恐れることはない」

平次は、目を瞑った。
大きく肩を動かした。

白い煙が、空中に消えた。
目をゆっくりと開いた。

微笑みが消えた。

歩き出す。
もう、止まらない。

炎のように燃え上がる水平線へ。

与助も、手を離すことはなかった。
ずーっと後ろについてきていた。

でも、二人の足が濡れた。
そのとき。

平次は、ぴたりと止まった。
後ろを振り返った。

与助が、足を揃えて、俯いている。

(え……?湊……?)

ここにいる全員が、ごくりと唾を呑んだ。
もちろん、私も。

だって、失敗は、絶対に許されない。
なのに、予定と全然違う。

ザバーン、ザバーンと、波が上がる。
ビュー、ビュー、と、風が荒れる。
ガタガタと、テントが揺れる。

そんな音が、全員の焦りを煽る。


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