たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「コツ、コツ、コツ」

ドアの向こうから足音が聞こえる。
だんだん近づいてくる。

濡れた目を、パチリと開けた。

「ギーー」

ドアが動く。

私は、立ち上がった。

指先で、顔の濡れを弾いた。
ずり落ちたバッグも、ちゃんと肩にかけた。

息をふーっと吐いた。
ごくりと、息を呑んだ。

もう、しつこく吸い上げない。

自分のものではない足音がそばにあるから。
ちゃんとしないと。

私は、カバンの中に手を入れて、財布を取り出した。パカっと開けて、百円玉二枚をつまむ。

多分、これだけあれば足りる。

投入口に、手を伸ばした。

そのときだ。

後ろから、首に腕を回された。

私は止まった。

自分の身体を見た。
たくましい腕が一つある。

目をチラッと横に向けた。
誰も見えない。

でも、背中にあったかいワイシャツを感じる。
知っている。

肩に、豆だらけのごつごつとした指が、グッと食い込む。
知っている。

髪に、大きな頬が埋まっている。
知っている。

呼吸のかすかな音が、耳の奥まで入ってくる。
そんな距離から、聞こえる声。

「何やってんだよ。みんな、とっくに帰ったぞ」

叱られているような、呆れられているような。
そこにあるのは、優しさと心配。

全部、知っている。

(言える訳ないでしょ……)

でも、私は、答えなかった。

また、投入口を見た。
小銭を一枚、また一枚と、入れてみせた。

別に、買いたいものがあるわけじゃない。
ただ目に留まった場所に、人差し指を置いた。

でも、また止まった。

ボタンを押せなかった。

拓真の手のひらが、重なってきたから。
力は、かけない。
手の甲に、拓真の温度を感じるだけ。

「お前、それ欲しくないだろ?」

欲しくない。
そうだ。

でも、私にはこれしかできない。
だから、ボタンを押した。

ガタンと、衝撃音が足元から聞こえる。

私は、腕を下ろそうとした。
でも、拓真の指が、私の手に食い込んでくる。
ずっと、離してくれない。

だから、そのまま。
聞こえるのは、自販機の機械音だけ。

拓真の腕が、私の身体を締め付ける。
背中にぴったりとくっついてくる。

「はぁ……」

髪に息を吐き出す。

私は、何をされても、じっとしていた。
私は、まだ、ここにいなきゃいけないから。

やっと。

首に回した腕が。
手の甲に感じる拓真の温度が。
髪に埋まった頬が。

ぜんぶ離れた。

私は、これで、自由だ。
膝を曲げた。

取り出し口のカバーを、パカっと開けた。
ペットボトルをつかんだ。

そのとき。

「これじゃないのか?」

私の目の前に、拓真の手のひらが。
その上には、見覚えのあるものが。

ずっと探してた、キーホルダー。

でも、拓真はその手を、スラックスの前ポケットに突っ込んた。

だから私も、慌てて、取り出し口から、手を引き抜いた。

拓真と向かい合った。
目を大きく見開きながら。

「何?今の?」
「お前も、まだ持ってたんだな」

私は、膨らんだポケットを見る。

「ってことは、それは拓真の?」
「ああ」
「……じゃあ、私のは?」
「それを探してたんだろ?お前は」

私のは、どこにあるの?
もう、それしか考えられない。

膨らんだポケットを見つめながら。
< 120 / 157 >

この作品をシェア

pagetop