たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
拓真が、背中から手を離した。
何やら、モゾモゾと動いている。

私は、まだ肩に口を埋めたまま。
腰に、手を回したまま。

そのとき。

この部屋に、明かりが生まれた。
頭上から、光を感じる。

拓真が、ポツリと呟く。

「置いていかれたか……」
「えっ!?」

私は、肩から口を離した。
パッと、横を向いた。

「さーて、どうすっかな……」

拓真は、スマホを手にしていた。
スマホの明かりと、向かい合っていた。

だから拓真の顔だけ、はっきり見える。

恐らく、いや絶対。
ちっとも焦っていない。

でも、私は違った。
まだ見つけてないから。

腰に回した腕を、二つとも外した。

「ガチャッ」

その手で、ドアのハンドルを下げた。

「ギーーー」

グーーッと、力をかけた。

「ちょ、ちょっと、待ってて!最後に、もう一回だけ……」

外の明かりが、わずかに見えた。

でも、それ以上、光は入ってこない。

私は、また動けなくなった。
また、首に腕を回されたから。

今度は、二つ。
だから、さっきよりずっと重い。

ふわふわの髪が、肌をくすぐる。

拓真は、耳のすぐそばで、苦しげに息を吐き出した。

「一生、俺のそばにいればいいだろ。俺が、持ってるんだから」

私は、ハンドルを離した。
腕をゆっくりと下げた。

顎がポスッと落ちた。

一生。

それが、ここにあるのに。
もう、落としたくないって思った。

「バタン」

ドアがぴったり閉まる。
また、真っ暗な部屋に戻る。

もう、落としたくない。
私にあるのは、もうそれだけ。

だから、どんな弱い言葉も、恥ずかしげもなく、すぐに出てきた。

「私、もう前みたいに聞き分けよくないよ?」
「知ってる」

「すぐ泣くし、すぐわがまま言うよ?」
「ああ、それも知ってる」

拓真の返事も、すぐ返ってくる。

もう、全部聞いた。

はっきり言わなきゃ。
でも、大事な一言に限って、すぐに出てこない。

「鈴子」

拓真が、私の名前を呼ぶ。
私は、ちょっとだけ、顔を動かした。

「……ん?」

もう、何も見えないけど。
拓真を、見るために。

「俺はさ、もっとお前に振り回してほしい。この時間が、救いだから」

ちゃんと言わなきゃ。

私は、息を吸って、吐いた。
また、前を向いた。

すべての指で、拓真の腕を捕まえた。

「……私」

どれだけ悲しいことがあっても。
どれだけ苦しいことがあっても。

私だって、拓真の元に帰ってこれたら、全てがへっちゃらになる。

離したくないって、思ったから。
指に、ギュッと力を込めた。

「私、拓真の、奥さんになりたい」

拓真の髪が、肌から離れた。

拓真の呼吸も感じなくなる。

私は、離さなかった。
じっと、答えを待っていた。

でも、それも一瞬だった。

また、拓真の髪が肌を擦る。
腕の締め付けが、うんと強くなる。

耳のそばから、拓真の声がした。

「……ああ。なれば良い」

顔は見えない。声しか分からない。
でも、その声は、ちゃんと微笑んでいた。

私も、同じだ。

頬を緩ませた。
唇をグッと噛み締めた。

腕をギューっと掴んだ。
顎を深く埋めた。

離したくないって、思ったから。



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