たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「プルルル、プルルル」

後ろから、着信音が聞こえる。

一回、また一回。

「……悪い」

拓真の髪が、肌から離れた。
右腕の縛りが外れた。

私にあるのは、拓真の左腕だけ。

(ん?仕事の電話かな……?)

だから、私も、拓真の腕から手を離した。
身を前に乗り出した。

ドアハンドルに手を伸ばした。

でも、左腕に、グッと力がかかる。

私は、また引き戻された。
拓真の胸と、私の背中は、ぴったりくっつく。

もう後ろから着信音は聞こえない。

拓真の声が聞こえる。
耳のそばにあった声じゃない。
いつものきっちりした声。

「もしもし、柳生だ」
「ちょっと、どうすんの!もう電車出ちゃったわよ!」

相手の声は、うんと大きかった。
私たちより、ずっと焦っている。

すぐに、誰だかわかった。

(あっ、宇佐見さんじゃん……!)

だから、顔をくるっと回した。

スマホの明かりを見つめながら。
何を言われるか、内心ハラハラ。

「朝一の便で帰る。仕事に支障をきたすつもりはないから。安心してくれ」
「………ま、まあ、それなら良いけど」

でも、拓真があまりにも抜かりないから。
宇佐見さんも、それ以上、言う言葉をなくしたみたいだった。

(ふぅ……)

私は、ホッと胸を撫で下ろした。
また、前を向こうとした。

「それで?鈴子は?合流できたの?」
「ああ、さっきな」
「そう。良かったわ。じゃあ、またこっちで」

そのとき。

「宇佐見さん」

拓真が言葉を被せた。

「ん?何?」

だから、私もまた、くるっと顔を動かした。
でも、腕が邪魔をする。

スマホの明かりだけ。
拓真の顔までは見えない。

「根元に俺のそばで、マネジメントの勉強を、という話だが」
「あーー、まーた、結構だとか言うん……」
「ぜひ、お願いしたい」

(えっ……?)

私は、大きく目を見開いた。

身体ごと、ぐるっと回った。
拓真の腕も、身体から離した。

一人で立った。
拓真と、向かいあった。

拓真とぴったり目が合った。

「あんた、ずっと一人がいいって」

宇佐見さんも、驚いてる。
そりゃあ、驚くに決まってる。

でも、拓真は何も答えない。

私の腰に腕を回す。

グイッと、力をかける。

顔と顔が、うんと近くなる。

「もう一人じゃない」

私は、固まった。

ただ、私は、拓真を見て。
拓真は、私を見ている。

そんな時間。

「えっ?何?」

宇佐見さんが、聞いてる。

でも、やっぱり拓真は、すぐに答えない。

その間も、ずっと私たちは同じ。
ただ、目と目が、ずっと合わさっている。

そして、拓真は答えた。

全部、言った。

「この仕事が片付いたら、鈴子と結婚する」

堂々と、宣言した。

(え?えーーっと?あれっ?こんなに、あっさり言っちゃって良いんだっけ?)

もっと、悪い想定ばかりしていたから。
私は、また驚かされた。

ますます、目を大きく開いた。
ますます、かちこちに固まった。

そのとき。
電話の向こうから、叫び声が聞こえてくる。

「はあああーーー!?」

ビクッと肩が跳ねた。
スマホに視線を移した。

でも、拓真は、スマホを耳から遠ざけてしまう。

眉を思いっきり顰めながら。

宇佐見さんの絶叫が、ようやく止まった。

すると、拓真は息を大きく吸って、吐いた。

知っている。
気を引き締めるときに、やるやつだ。

やっぱり。
スマホを、また耳に近づけた。

だから、私もその明かりをじっと見つめる。
覚悟を決めて。

「はぁ……あんたね。今がどんな時期だか……」

聞こえてきたのは、深いため息。
そして、落胆した声。

すぐに、分かった。

やっぱり。
そこには、喜びなんて一つもない。

< 123 / 157 >

この作品をシェア

pagetop