たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
エレベータードアが、けたたましいチャイム音と共に開く。背後から突然聞こえた、拓真のヒソヒソとした声が、そんな気づまりする空間さえ、別のものへと変えてくれた。

「何してんの?」
「いや?何でも?」

「そんなことしなくても可愛いって。ほら、早くおいで」
「あっ!ちょっと待ってよ!」

(………もしや、待っててくれた?)

鏡越しに見えた拓真は、グレーの開襟シャツからスラリと伸びた腕を交差させながら、静かに立っていた。

でも、さっさと部屋へと向かってしまったから、せっかく会えたのに、まだ一度もしっかりと顔を見れていない。

小走りで追いかけるように、拓真の背中に着いていくと、部屋を入ってすぐの場所に、ダブルサイズの白いベッドが置いてあった。

隣の建物が視界を塞いでいるせいで、遠くを見通すことはできない。窓際の壁付けデスクに両手をつきながら、外の様子を覗き込むと、少ない車の流れだけは見ることができた。

「うわ〜〜!私、ホテルの部屋って、入るの初めてなんだよね〜〜?」
「……はははっ……なんか、鈴子がいるって感じ」

「ん?何だそれ?」

(初めてだからこそ、わからない。こういうときって、みんな何を話すんだ??)

そんな戸惑う気持ちを隠すように、部屋をぐるぐると見て回り、いつも以上に口数も多くなってしまう。

「拓真は、何してたの?」
「これ。読んでた」

そんなの聞くまでもなく、机の上で、開きっぱなしだった台本には、びっしりと書き込みが入れてあった。

でも、拓真は私の視線がその本に向けられると、それをわざわざ閉じて、ぱたぱたと誤魔化すように見せてくる。

(……まあ、拓真はそういう人だよねえ)

「いつも、ここで読んでるの?」
「うーん、時間があるときは大体ここにいたいって、頼んでるかな。静かで落ち着くしね。あと、頭冷やしたいときは、すぐシャワーも浴びれるし」

「へえ〜」

拓真はそう話しながら、また分厚い本と向き合うように座りだした。今は、拓真の大きくなった背中だけが、私の視界に入ってくる。

「鈴子はさ、昔からそんな感じだよね。あんまり踏み込んでこない、っていうか」
「んー、そうだっけ?」

だんだんと普段の調子を取り戻してきた私も、ようやくベッドサイドに楽な姿勢で腰掛けた。

「そうだよ。他のクラスのやつは面白がってうちの舞台見にきたりするけど、鈴子は結局一回も見に来なかったし」
「……確かに、言われてみれば、そうだったかも…」

「何でなの?」
「うーん。何でかって言われると難しいけど……私には、それで十分だったんじゃない、かな……」

「……十分?」

返ってくる声がやけに近く感じられて、ふと視線をずらす。すると拓真は、分厚い本を膝に置き、なぜか身体ごと私の方を向くようにして座っていた。

黒の清涼感ある生地で隠された、長い脚を組みながら、自分でもつい最近まで気づかなかった思いを、ちゃんと真剣な眼差しで聞いてくれている。

(どうしよっ……拓真が……めっちゃ、見てくれてるよっ……!!)

受話器越しでは、絶対に分からないその目から感じる真っ直ぐさに、嬉しさと恥ずかしさで居たたまれなくなってしまう。

私は、また戯けたようにこう言ってみせた。

「ほら!それにさ!遊びの相手までしてもらってるのに、それ以上望んだら、バチ当たりそうじゃん?」

それだけじゃ、心の動揺をごまかすには全然物足りなくて、もう一度立ち上がって、いそいそとリモコンを探してみたりなんかもした。

「テレビ!テレビ見てていい?あっ、あと外、暑かったからさ〜私も、シャワー浴びさせて〜!」
「……はははっ……もちろん、好きに使って良いよ」

慣れないゆえの緊張感をほぐすために、つくりだした生活の延長は、少しだけ私に落ち着きを取り戻させてくれた。次第に余裕が出てきた私は、またこっそりと拓真に視線を向けてみる。

すると、その真っ直ぐな瞳は、びっしりと書かれた手元の文字に落とされていた。強調される長い睫毛は、窓からわずかに差し込む太陽の光を集めるように、きらりと輝いている。

(なーんだ。変わんないのは、そっちも一緒じゃん)
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