たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
寝室のドアを開ける。
床には紙袋が一つ。

しゃがみこむ。

紺色の子供用スーツを取り出す。
顔の前で広げてみる。

(うーん……一応、アイロン当てとくか)

もう、ここでの生活も、すっかり身体に染み付いている。

すぐに立ち上がる。

寝室とつながる、クローゼットに向かう。
私の服もいっぱいある。

アイロンがあるのは、一段目。
だから、踵をちょっと浮かせる。
手を思いっきり伸ばす。

全部持って、またリビングに戻る。

ローテーブルの前で、膝立ちになる。
紺のジャケットと、長ズボンを広げる。

アイロンを温める。

私は、湊の衣装を見つめたまま。
また、しばしの間、ボーっとする。

(拓真の言ってた通りだ。ほんとそっくり……)

ノミネートの一報が入ったあと。
二人は衣装合わせで一緒になったそうだ。

そのとき。

湊から、やけにカッコいい、カッコいい、と褒めちぎられたと。
何度も何度も、拓真から自慢された。

湊は、すっかり拓真に憧れているのだ。

そのとき。

ギーッと、ドアを開く音が聞こえる。
その音にパッと振り向く。

拓真が、立っていた。
だから、私はにこやかに、こう言う。

「あっ!おかえりー!」
「おお、ただいまー。湊、あっちで寝てるから」

拓真と、目が合うのは、ほんの数秒。

背を向けて。
ドアを閉めて。

大きなジャケットから腕を出しながら。
近づいてくるから。

「ああ〜ありがとう!」

だから、私も、また視線を落とす。

温まったアイロンを手に取る。
小さなジャケットの上で、スーッと走らせていく。

「それか?例の」
「うん。そうそう。やっぱり拓真のとそっくりじゃない?」
「ああ。そうだな」

拓真が、ソファに座る。

拓真は、いつもこうする。
いつも後ろから、私を見てくる。

だから、私も。
アイロンを一旦置く。

振り向く。
ぺたんと、座る。

拓真の膝に、腕をかける。
拓真を見上げる。

やっぱり、にっこり笑ってた。
だから、私もにっこり笑ってた。

「なーに、うれしそうにしちゃって」
「いやー、な?こないだも、待ち時間にさ。声かけられたんだよ。すごい役者出てきましたねー、つって」

「えっ?それで?拓真はなんて答えたの?」
「そりゃあな。僕らもまだまだ負けてられないですねーって」

後ろから、ジューと音がする。
だから、もう一度、くるっと振り返る。

「へえー。なんか、おじさんぽいね」

そう笑いながら、アイロンに手を伸ばす。
でも、掴めなかった。

後ろから、首に手を回される。
耳のそばから声がする。

「おい。今、おじさんつったか?」
「いってませーん」

怒ってるんだか、楽しんでるんだか。

声は、確かに笑ってるのに。
腕の締め付けが、グッと強くなる。

「こんのやろう……」
「あははっ……ちょっと!やめてってば……」

まあ、私は完全に楽しんでる。

だから、ずーっと身体をジタバタ。
ずーっと、笑いが止まらない。

「あっ、ちょっと待て!」

でも、拓真は、急に片腕を外す。
慌てたように。

「……ん?」

だから、私もぴたりと止まる。
くるりと、振り向く。

拓真は、腕を顔に近づけていた。

もう、笑ってない。
真剣な顔で、カウントダウンを始める。

「……3、2、1」

そして、また、にっこりと笑顔が戻った。

笑ったまま。
私を見た。

「おめでとう。鈴子」

私は、何のことだか、さっぱり。
だから、ずっと固まっていた。

壁時計を見てみる。

0時ちょうど。
ようやく、すべてを理解した。

「あっ、本当だ……!」

だから、私も。
にっこり笑いながら、拓真を見る。
同じ言葉を返す。

「おめでとう。拓真。」

でも、拓真はもう笑わない。
ぽかーんとしている。

「ああ。そっか。俺もか」
「えっ?何?もしかして、そっちも忘れてた?」

拓真は、ネクタイの結び目を緩めながら。
ポスっと、後ろに倒れる。

天井を見つめながら。
物思いに耽っている。

「いやー、ここ数年は、誰かと迎えるってことが、縁遠いもんになってたからな」

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