たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「………鈴子。俺ら、いくつになった?」
「あー、えーっと?23、かな?」

「鈴子は、怖い?今までと違う、俺の顔見るの」

(怖い……わけではないけど……)

確かに私は、あの啜り泣く背中を、遠くから見つめることしかできなかった。でも、それは何か違うものを見るのが、怖いわけではなかった。

それを知っても、きっと何もできない、自分の不甲斐なさを、自分が一番よく分かっていたから。

だから、ただその言葉に素直に返事するように、首をブルブルと横に振った。

「じゃあ、する?俺と……?」
「するって、何を?」

「………キス」
(キ、キキキ、キス……!?)

小さく吐き出されたその言葉は、世の恋人たちの間では、普通に飛び交う言葉なのかもしれない。

でもそれは、くだらない笑い話だけで、一緒にいられる時間だけで、十分だと思っていた私たちには、あまりにも聞き慣れない言葉だった。

私は、そんな失いたくない時間を守るように、必死に否定を繰り返す。

「……いや、いやいや……また、また」
「したいよ、俺は」

(…………良いの?本当に、罰、当たらないの?)

今までとは確実に違う切実な言葉と視線に、ごまかすように笑い飛ばすのも、もう限界があるのは分かっていた。

私はまとまらない答えに立ち向かうように、指の先まで持てる力すべてを結集させた。

目はギュッと瞑っているから、視界は真っ暗で何も見えない。

でも、拓真の呼吸がだんだんと近づいてくるのだけは分かる。

(……や、やばい。く、くる)

そして、きつく結びつけた唇に、拓真の唇が重なってきた。

それはそれはもう、優しい衝突だった。

私は、呼吸の仕方も忘れたように、ただ、じっと固まっていることしかできない。

肌を掠める温かな吐息と、しっかりとハリのある唇。

いま、私が感じ取れるのは、たったそれだけ。

緊張からか、拓真の唇も、微かにピクリと動いたような気がした。

どれだけ、時間が経っただろうか。

もう時間の進む感覚すら、分からない。

それくらい、拓真の温もりは、私の世界を満たす全てになっていた。

だから、余韻を残すようにゆっくりと離れていくと、なぜか今になって呼吸の苦しさがはっきりとしてくる。

不足を満たすように、息を深く吸い込みながら、私はもう一度、目を開いた。

(ほんとに、しちゃった………)

すると、拓真は眉間に皺を寄せながら、先ほどまで確かに重なり合っていた唇を隠すように、手のひらで強く押さえつけていた。

「………どうしたの?」

見たことのないその表情を、しっかりと確認しようとすると、拓真はそれを見せまいとするようにばたんと私の上に体重をかけて、枕に顔まで埋めてしまう。

「………ごめん。ちょっと一回、整理させて」

あんなに苦しそうな拓真の表情は、これまでも見たことがなくて、あの背中の裏にも、こんな表情があったのかなと想像してしまう。

私の中で、何かが変わることへの漠然とした不安が、余計に強くなる。

「ねえ、拓真?」
「……ん?何?」

「あのさ。無理、しなくて良いからね?いや、これは怖いとか、そういうのじゃなくて、ただ……後悔、してほしくないなぁ……って」
「………後悔?」

「うん……私は、拓真と一緒にいれるだけで本当に楽しいし。ずっと今みたいに一緒にいられるのなら、他に何もいらないって、本気で思ってるから」

いつも自分に言い聞かせている言葉を使って、ずっと見ないようにしていたものから、今日も上手く逃げようとする。

でも、拓真の言葉は、そんな私の弱い心を打ち消すくらいに、とても力強いものだった。

「鈴子?」
「……ん?」

「後悔は、何かが終わるときにするもんだよ。なんで、何かが終わる前提なわけ?」

そして、もう一度、私に見せてくれた拓真の表情は、あんな苦しそうなものじゃなかった。

私にくれた言葉みたいに「この人についていきたい」と思わせる、心強い顔をしていた。

「…………じ、じゃあさ。まずは、シャワー、浴びてきていい?」
「うん。良いよ。行っといで」

私は、行き止まりだと思いたかった世界を自分の意志で進める決心をして、ベッドから起き上がろうと、また全身に力を入れた。

でも、なぜか私が動き出すより先に、身体を横へとずらしたのは、拓真の方だった。

「いや……やっぱり、俺が先に行く」
「………えっ?なんで?」

「鈴子のことだもん。まーた、時間経ったら、自分を痛めつけようとするでしょ」
「んー……まあ、そう、かも?………」

「……ははっ……そう。だから、俺が鈴子のこと、どれだけ時間が経とうと、ちゃんと今みたいに、ここで待ってるから」

そう言いながら、拓真はそばから離れるその瞬間まで、包み込むような笑みを浮かべながら、優しく頭を撫でてくれていた。

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