たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
柳生拓真(やないたくま)は、たい焼き屋「小濱堂」の真向かいにある、大衆演劇場「柳生座」の一人息子だ。

生まれた日も育った土地も全く一緒で、一歩外に出れば、簡単に会える距離にいる。

でも私が今みたいに小さなテレビの前で呑気に笑っているときも、拓真は大きな舞台の上で大人たちに混ざりながら、たくさんのお客さんを楽しませている。

そう思うと、限りなく遠い存在だった。

「鈴子〜このたい焼き、柳生座まで持ってってくれない?」

「え〜なんで〜?いつもみたいに、お母さんが持ってけばいいじゃん」

「また、そんなこと言って……。拓真くんにいつも遊んでもらってるんでしょ?たまには鈴子も、応援しにいってあげたら?」

(いや、遊んであげてるのは私の方だし……)

正直、一緒に向かい合って遊んでる時の拓真が、一番好きだった。でも拓真はほとんど学校にも来ない。

だから夜公演の支度が始まる前の、わずかな時間ならと。それでも来れるかどうか分からない拓真を、そわそわとしながらいつもあの石段で待っている。

役者さんの名前がずらりと書かれた看板も、毎日見ているけれど、その下を通り抜けるのは今日が初めてだ。

するとその中は、上演を待つお客さんたちの高揚感で満ち溢れていて、私は日常を離れたその雰囲気に少しだけ萎縮した。

何かを探すように、辺りをキョロキョロと見渡すと、小さい頃から何度も見てきた、よく知る顔を見つけ出す。

「あっ!おばさん!」

「あら!鈴子ちゃん!今、拓真呼んでくるわね?」

(ああー…別に呼ばなくても良いんだけど…)

するとおばさんが後ろ背に向かった方向から、一人の少年が、由緒正しい模様の入った浴衣を着て、息を切らしながら走ってくる。

「……鈴子!どうした?……」

ただでさえ遠く感じるのに、私よりももっとたくさんの大人たちに囲まれて生きる拓真を見ると、不思議と耳馴染んだはずのその声まで違うものみたいに聞こえてくる。

「……頑張って」

「っお……」

私は腕の中に抱えていた紙袋を、グイッと押し付けて、いつもとは違う拓真から走って逃げようとした。

「……鈴子!」

そんな拓真からの呼びかけにも、私はやっぱり真っ直ぐ答えようとしてしまう。その結果、前を見ることすら忘れ、自分より遥かに大きな何かに突進した。

後頭部に走る軽い衝撃を、か細い声と小さな手でかばう。

「いっ、たぁ……」

頭上からは何やら熱い視線を感じた。見上げると、そこには金色の綺麗な長い髪のお姉さんが立っていて、かたことの日本語で話しかけてくる。

「……君、何か芸能の仕事してる?」

(げいのう……?)

初めて遭遇する言葉を理解するのに精一杯で、もはや会話にもならない。しかも私はこんなにも戸惑っているのに、拓真はなぜか目の前のお姉さんと普通に話をしている。

「……拓真、この子知り合い?」

「僕の友達だよ!ほらっ!うさみおばさんも、あそこのたい焼き、いつも食べてるでしょ?」

「ああ、あのたい焼き美味しいよね!……って、今はそれどころじゃないよ!なんで……なんで……もっと早く知りたかった!」

(拓真も何言ってんの?っていうか、まず、うさみおばさんって誰!?)

うさみおばさんと呼ばれるその人は、目をしっかりと向き合わせて、私でも理解できる言葉を使い、ゆっくりと、こう尋ねてきた。

「……君も拓真みたいに、お仕事やってみる?」

(お仕事?拓真みたいに…?)

その二つの言葉が私の心を猛烈にくすぐった。

「やるっ!」

目をキラキラと輝かせながら、私はあまり時間をかけず、ハキハキとそう返事をした。

今思えば、それがすべての始まりだった。
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