たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
夏の暑さとはこんなにも、人の身体を疲弊させるだけのものだっただろうか。記憶の中のキラキラと光る太陽は、外の世界へと飛び出す私を、あれほど勇敢にしてくれたのに。

歩くのもやっとなほど大きくなったお腹を抱え、額から汗を滲ませる母さんは、父さんに支えられながら、その照り付ける日差しに向かって今まさに戦いに出ようとしている。

「母さん、大丈夫か?」
「お父さん、心配しすぎよ」

あんなに小さかった命を、ここまで大きく育てる日々を間近で見てきたからこそ、私は改めて母さんの強さを思い知った。

世界で一番大切な人だから、父さんは母さんの些細な変化に、今まで以上に心配を絶やさなくなった。そんな弱気な父さんを、安心させるみたいに、ずっと笑顔を絶やさない。今だって、そうだ。

いくら二人目とは言え、ほぼ初めての経験に等しいその未知の生活は、恐らく心配や不安の方が多かっただろう。なのに母さんは表情一つですら、それを微塵にも感じさせないのだ。

「鈴子、頼んだわよ?」
「はいはい!店のことは大丈夫だから、ね?安心して行ってきて」

「ありがとう。じゃあ、行ってきます」
「うん!行ってらっしゃい」

もちろん、まだ私にはたった一人で店を開ける力もない。

それでも母さんは

「もし電話の向こうから、誰の声も聞こえなかったら。鈴子なら、どう思う?」

と最後まで自分より他の、大切な何かを優先する人だった。

私は、またもや何も出来ない自分の身体を持て余すように、うろうろと家中を歩き回る。

ただ動く針の音を聞きながら、成長のない自分の幼さをまた強く感じていた。

「プルルル、プルルル」

母さんの言う通り、やっぱり休みの日でも、何度か店の電話は鳴った。

「はい。小濱堂です」

この電話の向こうの声は、確かに自分が一番聞いてきたものだった。

「鈴子」
「......父さん?」

本来その人の声は、こんなに無理やり絞り出すようなものじゃない。

「こっちに来てくれないか」
「......え?」
「良いから。今すぐ来い」

いつも賑やかさの中心にいるのに、まるでそれとは正反対の力尽きたような父さんの声を、このとき初めて聞いた。

父さんがこんなになるなんて、私はそれ以上深く聞かなくても、事の重大さを理解できた。

すぐに手に持つ震える受話器を捨て置き、自分の役目だった店を守ることすら忘れて、家を飛び出した。

次に見た父さんは、誰もいない明かりの消えた待合室で、存在を消すように頭を抱えながらうずくまっていた。

そんな静けさの中を通る私の足音に気づくと、父さんは悔しさとやるせなさをはらんだ、その顔を上げた。

「……赤ちゃんは?」
「元気だよ」

「………母さんは?」

私が恐る恐ると口にしたその言葉に、父さんは小さく首を横に振った。

私は、静かに泣くのが得意なはずだった。

でも本当は全然得意なんかじゃなくて、自分が本当に壊れるほどの痛みがあることを、まだ知らなかっただけかもしれない。

初めて人目を気にせずワンワンと泣いたその日、私はそれを知った。

「オギャー、オギャー」

そんな弱く咽び泣く私を叱咤するように、遠くから力強い泣き声が聞こえてきた。

何かに背中を押されるみたいに、その声が聞こえる方へ、私は勝手に前に進んでいた。

ガラス張りの窓の向こうに見えたのは、母が命懸けでこの世界に残してくれた、小さな尊い命だった。

時を同じくして生まれた子たちは、今頃お母さんの腕の中にいるはずなのに、目の前のその子はまるで温もりを探し叫ぶように、懸命に手足を動かして泣き声を上げている。

私は気づくと、届くはずのないその子に向かって、震える手を伸ばしていた。

そして一人だったはずなのに、突然肩から大きな手の温もりを感じ、私は応えるように後ろを振り向く。

「......父さん」

必死に正気を保たせようとしている父さんと、言葉にしなくても通じ合っているみたいに、またガラスの向こうに視線を合わせた。

「湊」
「......え?」

「この子の名前。母さんが決めたんだ。たくさんの人に囲まれて、毎日、楽しく生きてほしいって......」
「……湊。大丈夫。もう、一人じゃないからね」
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