たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
増えた宝物
それからの日々は、手足をバタバタとさせながら懸命に生きる、目の前の小さな命を守るだけで精一杯だった。

湊と一緒にばたりと倒れるように眠りにつき、外がまだ暗いことに安堵しながら、隣でスヤスヤと眠る、その穏やかな寝息にうんと力をもらう。

そうしてまた、湊の待つ小濱家と、お客さんが待つ小濱堂を、一日中駆け回る。

時には大切な人の影を思い出すけれど、あんなに嫌だった強い静けさを、感じることもなくなった。

後向きな私さえも、一日一日と大きくなる尊い命は、いつもご機嫌な笑い声で前へと向かせてくれるから。

引き出しの奥にそっと閉まってあったはずの、うさぎのキーホルダーも、いつしか紅葉のような手の中にあり、湊の成長を見守る大切なおともだちになった。

湊がいてくれたおかげで、私は大丈夫なフリをできた。あっという間に過ぎていく、慌ただしくも幸せな日常。

不安になるほど小さかった湊も、はっきりと言葉を話すようになり、今では私よりもしっかりとした子に成長している。

「湊ー、ごめーん!すぐ行くから、先、外出ててくんなーい?」

「わかったー。とーさん、いってくる」
「あいよっ!気をつけて、行っといで」

まだほんのりと温かいお弁当箱が入った黄色の通園バッグと、しっかりと冷えた水筒を瞬時に肩にかける。

そのままエプロンを脱ぐことも忘れて、家の中から消えた幼い声を追いかけるように、青空の下へ飛び出した。

にしても、春の陽気というには、さすがに日差しが厳しすぎやしないか。せっかく整えた寝癖も意味がなく、外に出て早々、湊の額は汗ばんでいる。

水色の園児服を着た小さな身体を慣れた手つきで抱きかかえると、自転車のチャイルドシートに座らせた。

そして、さぞ不快であろう、張り付いてしまった前髪を後ろに送って、その上にはさまざまな危険から守るように、子供用のヘルメットを深くかぶせる。

「ねえさん。きょうは、まにあう?」
「今日は.....って。そんな姉さんが毎日ギリギリみたいにさ......」 

「ねえさん、じかん」
「あっ、そうだそうだ!」

思わず時間を忘れて夢中になる、愛しい宝物との会話から、今日も眉を下げながら引き戻してくれるのは、自分よりずっと幼いはずの湊だ。

私は急いで、足をペダルにかけ、いつものように高く広がる空へと手を掲げながら、号令を取る。

「湊!出発!」
「しゅっぱーつ」

後ろから聞こえる誰よりも冷静な声援をエネルギーに、迫り来る登園時間に間に合うよう、今日も猛烈な勢いでペダルを漕いで、漕いで、漕ぎまくった。

下町の最後尾にある「小濱堂」から、数キロにも渡って並ぶ家々を、すべて通り過ぎるようにして到着するのが、この町の子供たちをずっと昔から守ってきた、さくら幼稚園である。

「おはよーございます!」

ずっと湊の組を担当してくれている門倉はじめ(かどくらはじめ)先生が、今日も続々とやってきた園児たちを、爽やかな挨拶で出迎えている。

ペダルから足を外すと、後ろで大人しくじっと待っている湊を、また抱き上げた。

今はもう、私の腕から離れると、少しばかり大きくなった真っ白なスニーカーを履いて、ちゃんと自分の足で立ち上がる。

こんな些細なことでも、なんだか凄くお兄さんになったなあ、と健やかな喜びを感じる今日この頃だ。あんなに小さかった背も、今では私の腰の位置まで伸びた。

今日もその背に高さを合わせながら、ヘルメットの下でまたじっとりと濡れた髪を整え、うっかり自分のものにしがちな通園バッグも水筒も、忘れず湊の肩に渡す。

(バッグ良し……水筒良し……うーん!完璧!)

「ありがとう、ねえさん。いってくる」

湊は自分でも不備がないことに安心すると、ようやくふっくらとした頬を上げた。

「うん!行っといで!」

私も満面の笑みを返し、輪の中に向かってしっかりとした足取りで歩いていく頼もしい背中を、手を振りながら送り出す。

そして、はじめ先生もまた、動物の絵が書かれたエプロンを着て、自分よりずっと小さな子供たちに目線を合わせるように、膝を深く曲げていた。

「せんせ、おはようございます」
「おう!湊、おはよう!」
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