たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
大人でも出来ないことを簡単にやってのける、湊の強い度胸に感心した。が……

「鈴子?お願いしたものは?」
「あっ、はい!これです!」

相変わらず私は、ピリっとし出した宇佐見さんに操られるように、湊のプロフィールや長所を書いた書類をホイホイと差し出す。

それから、二人はずっとそこに書かれた内容と難しい顔をして睨み合っている。

「……ねえ。まず、これだけ確かめておきたいんだけど。あの写真は、あなたが指示したの?」

「写真?ああ、いえ。この子が自分で……」

「……そう」

(うわあ……無理にでもちゃんとした服装させるべきだった?いや、これは湊が選んだ道。どう考えたって私がでしゃばるのはお門違いだよ)

すると小仁監督は先ほどまでの、素っ気ない人間と同じ人とは思えないくらい、今の時代には珍しい江戸の香りが残る小さな子供に、前のめりになって食いつき始める。

「ほう……趣味は、読経。特技は、時代劇の口上。どれも渋いものばかり。ただチヤホヤされたいわけでも、目立ちたいわけでも無さそうだな……」

(嘘……あの小仁監督が!?指示出し以外でこんなに長々と喋るなんて……!?)

「……どうだい?一節、見せてくれないか?」

私は様子を伺うように隣の小さな体に目を落とす。

(……お風呂の中で、よく難しい台詞を唱えてるって、父さんからは聞いていたけど。こんな圧たっぷりな大人を前にできる?大丈夫?湊?)

でも、そんな私の心配は、全くの的外れだった。

湊は迷うことなく息をめいっぱい深く吸い込み、
まるで彼の中から勝手に出てくるみたいに、大人でも知らないその言葉を流れるように口にする。

「……我が名を、宗像平次(むなかたへいじ)と申す。」

(む、む、むむ、むなかた?湊、いつの間にそんな言葉を……?)

「親からもらった、この命、粗末にはしとうない……されど、世のためならば、この身がどうなろうとも、悪の根を叩き切ってくれよう……なに、いまさら怖いものなどありはせん。覚悟せえ」

まるで命の危機が迫りながらも、戦いに挑む武士の哀愁と気迫を込めるように、始まりの静けさにはだんだんと熱さが帯びていく。

ここにいる全員の視線が湊に集まり、その凄みに圧倒されて大の大人が揃いも揃って黙り込んでしまった。

私の顔をうかがうように見て、最初に口を開いたのは宇佐見さんだった。

「……湊。この仕事、あなたからやりたいと言い出したそうね?」

「はい」

「私は、あえて聞くわ……それは、なぜ?」

湊はやっぱり何かと葛藤するように、膝の上でぴったりと揃えた小さな手を、グッと握りしめている。

私が聞くに聞けなかった言葉。そうすることができたのは、湊に一度足りとも辛い思いをさせたくない、実の姉だから。

でも宇佐見さんは違う。湊を一人の仕事相手、プロとして見ている。私にちらりと目配せしたとき、宇佐見さんの顔は心を鬼にしたような厳しい表情だった。

私も湊が生半可な気持ちでここに来たわけではないことくらいわかっている。

だから、もうそんな真剣な眼差しを向け合う宇佐見さんと湊の間に、私が入り込む隙など毛頭なかった。

湊もそんな宇佐見さんの本気を受け止めたのか、何か心を決めたように、慎重に嘘偽りない気持ちを話し始める。

「……ぼくは、よく古臭いといわれます」

(……ふ、古臭い?誰だ!そんなこと、うちの湊に言ったのは!姉ちゃんが一発、カチコミに……!)

しかし、湊は私が思う以上に、広い視野を持った子に育ってくれていた。

「でも、思ったんです。みんなに合わせたところで、また一人、同じような人が増えるだけだと。この古臭さを、僕だけの武器にしたいです。だから、好きなだけ使ってください」

(う、うわーーん、湊!ごめん!ねえさんが間違ってた!そうだよね!腹を立てても何も始まんないよね!ねえさんは、まだまだ修行が足りないみたいだよ……)

一人で歩くこともできなかったあの子が、こんなにも大きくたくましく育ってくれた感動で、私はすでに泣きそうになっていた。いや、必死に食い止めているけれど、もう心のダムは欠壊寸前だ。

「……まさか、今の時代に宗像平次を知ってる子がいたとはな」
「ええ。私たちの思ったとおりね……」
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