たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
都合のいい夢?
あれほどきつい顔をしていた二人も、張り詰めた表情を極限まで緩ませながら、何か意見を一致させるように揃ってうなづいている。

「それに、この子は、ただ可愛いだけじゃない。自分に何を求められているか、どう見せたら自分が一番輝くのか、全て分かってやっている。だからかな、あいつと似たものを感じるのは……ほんっと、鈴子とは大違いだ……あっはっ、はっは」

しまいに小仁監督は私の封印してしまいたい恥ずかしい過去まで笑い飛ばしてしまう始末だ。容赦ない奇襲に、感激の涙も一気に引っ込んだ。

(えっ?……何?私やんわりディスられてない?やっぱ、この人、鬼だよ!鬼!鬼!)

鬼、いや小仁監督は笑いながら何やら脇に置かれたカバンの中身をゴソゴソとしだして、取り出した分厚い台本を湊へと手渡した。

「いいか。湊の望みは俺たちが引き受けてやる。だから、お前はその武器を俺に貸してくれ」

湊は小さな二つの手をピンと伸ばして、しっかりとその分厚い台本を受け取り、自分の目でまじまじと確かめては、心底大事そうに胸の中へとしまっている。

ここにきてからずっと顔色一つ変えずに前だけを向いていた湊の顔に咲き誇った満開の笑顔は、鬼への恨みつらみまで吹き飛ばしてしまうくらいに、自分のことのように嬉しくてたまらなかった。

「ってことで、鈴子。お前、湊連れて、ちょっと道場行ってこい」

でも、やっぱり鬼は鬼だった。そんな幸せな余韻に浸る時間すら与えてくれない。私はずっと見ていたいその笑顔から、本心を堪えるように小仁監督へと目を向けた。

「……はい?ど、道場?どうしました?」
「そうね。マネージャーに車出させるわ」

まだうんともすんとも言っていないのに、まるで答えは決まりきっているみたいに、宇佐見さんはテーブルの上に置かれたスマホを手にして、話をトントン拍子に進めていく。

宇佐見さんは絶賛お取り込み中。

私の前に残されたのは少しだけいつもよりご機嫌な小仁監督だ。

私はなるべく電話の邪魔にならないようにと、台本をペラペラとめくる監督にひそひそ声で話しかける。

「監督!監督!」
「ああ?どうした?」

「どうした?じゃないですよ!なんです?道場って?」
「こういうのは、思い立ったが吉日だろ」

私はそれでもまだ話の内容が理解できなくて、負けじと顔をぐいっと前に出す。

すると小仁監督は肩を落として、この分からずや!と言わんばかりに、言葉を強調するようにペンで机を小突きながら、いつもの調子で声を荒げた。

「……はあ。顔合わせだよ!顔合わせ!」

そのあと、私と湊は訳がわからないまま、ぴょいとグレーのバンの後部座席に放りこまれた。

今まさに私たちを乗せた車は、湊に付いてくれる女性マネージャーさんの運転で、道場?へと向かって走行中だ。

その姿はルームミラー越しにしか見えないが、ヨレの無いスーツと乱れ一つなく結ばれた七三分けの髪、それに怖いものなしと言わんばかりの生き生きとした血気盛んな表情がとても眩しい。

(……新入りのマネージャーさんかな?)

「すみません!挨拶もちゃんと出来なくて!」
「いえいえ!えーっと、根本さんでしたよね?」

「はい!今日から、湊くんのマネジメント業務を担当します!湊くん!よろしくね!」
「よろしくお願いします」

気持ちのいい挨拶は、それだけで心のモヤモヤをスッと溶かす。これは、もはやうちの家訓みたいなものだ。

車に乗ってからもずっと台本を繰り返し見返していた湊も、このときばかりは顔を上げて、負けじとハキハキと挨拶をする。

(マネージャーさんもハキハキとしていて、凄く感じが良い人だ。湊のことも安心してお任せ出来そうだな)

そして、また挨拶を終えると、湊は手元の文字に集中し始めた。漢字が読めるようになったのが比較的早かったとは言え、チラッと見えた文だけでも、かなりの量のそれが並んでいた。

「あのー、それで、私たちは一体何をしに、道場へ?」
「えーっとですね……その前に、まず、作品について説明させていただいても?」

「あっ!はい!お願いします!」
「タイトルは『咲て散らん』。二十年前に制作された時代劇映画のリメイクです。刺客から逃げるように生きる主人公、宗像平次が、湊くん演じる与助と、まるで実の親子のように運命を共にする。まあ、ざっくりいうとそんなお話です。主役とのシーンも多いですから、二人にはしっかりと息を合わせてほしいと……」

< 32 / 48 >

この作品をシェア

pagetop