たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「……なるほど」
(なんと、いきなり、そんな大役を……湊は常に人見知りなんてどこ吹く風なタイプではあるんだけど……座長さんはどんな方なんだろうか……)

「到着しました。私は、ここで待っていますから」
「はいっ!ありがとうございます」

車の中から抱きかかえて湊を下ろすと、大きな木々たちが道をつくり、そこを通り抜けた先には立派な武家屋敷が待っていた。

今日通ってきた道では、一度も見かけることのなかった瓦屋根が二つ寄せ合い、建物を形づくる木々の継ぎ接ぎは深々と色褪せている。

古くから形を変えずに残されているであろう歴史ある建物の中は、そこはかとなく私たちが生まれ育ったあの町の空気を感じた。

慣れない場所に無意識のうちに気が張り詰めていたのだろう。ここにいるとそんな気持ちもふっと和らいでいくのが分かる。

「……ドンッ!」

厳かな静寂を切るように、褪色した床板を強く踏み込む音が聞こえてくる。

「……キュッ、キュッ」

その音につられるように進んでいくと、床板と足裏が擦れ合う微かな音まで、耳に届き始めた。

床一面に木々の継ぎ接ぎが広がる間では、袴を着たたくましい男性が、美しい立ち姿で竹刀を構えている。

(稽古中……かな?なんだか、すごく美しい人……)

その人を照らすように障子からは柔らかな暖色の光が差し込み、まるで映画のワンシーンのような光景だった。

他に人影はないのに、まるで目の前の何かを切り裂くように、無心に竹刀を振り下ろしている。

残念ながら面を被っているから、こちらからその顔をうかがうことはできない。

(あっ!そうだ!挨拶、挨拶!)

しばらくその美しい剣捌きに見惚れていたが、こうしている場合ではないと、その空気を壊すことに少し気が引けたけれど、思い切って声を掛けた。

「あのっ!」

動きから発生する音しかなかった大きな部屋には、さらなる強烈な静寂を呼ぶように私の声が響き渡る。

そして集中が途切れたその人の視界に、初めて私たちが入ることができた。

でもなぜか竹刀は構えたままで、そのままゆっくりとこちらに向かって、歩いてくるではないか。

(……えっ?こっちにくる?ちょ、待って!待って!)

迫りくる大柄の肉体と、なぜか追い詰められているようなただならぬ雰囲気に、私は動きも呼吸も思考も全ての自由を奪われてしまう。

「近寄るなっ!」

そんな立ちすくむ私の前に飛び出てきたのは、隣で手を繋いでいたはずの小さなヒーローだった。

(やばい、湊が危ない……!)

「湊。ここで待ってて」

私は急いで目の前の危険から守るように、湊を後ろに下がらせた。一旦、背こそ向けるが、次こそは何か一言、ガツンと言ってやる気で満々だった。

しかし、突然背後からガシャンという大きな音が聞こえて、驚いたように振り向くと肩に何やら重たい衝撃が……。

「……都合のいい、夢だな」
「……え?」

そう弱々しい声で言い残すと、その人はまるで力尽きたように、そのまま床に横たわり、うずくまってしまう。

「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか?」
(……えっ!?どうしよう……)

そばに寄って、声をかけても、荒々しい息遣いしか返ってこなくて、肩はそれに伴うように上下に激しく動いている。

(そうだ。まず、呼吸確保しないと)

「これ、取りますよ?」

呼吸の自由を奪っているであろう、その面は想像よりずっと重かった。

無理やり引き抜くように面から顔を出すと、目の前に現れたのはもう絶対会わない、会えないと心に決めていたその人だった。

「う、嘘でしょ……」

肉つきはうんと増えているのに、何か苦しみに耐えているように眉間にはひどく皺が寄り、目はギュッと閉じられている。

こんな拓真は、見た覚えがない。でも、何度も夢に出てきたその顔を、見分けられないはずもない。

まるですべての感覚が自分の中から消え去るみたいに、面を抱えていたそのわずかな力さえなくなってしまう。

それは弾みのない床に、ボトッと鋭い音を出しながら、叩き落ちていった。

「ねえさん、病院」

不安気な湊の声と強い揺さぶりに、受け止めきれない目の前の現実へと引き戻される。

「そうだ……えっと、まず電話……」

私はおぼつかない指で、ポケットの中からスマホを取り出そうとした。

すると、かろうじて目を開いた拓真が、私の腕に弱々しい力でしがみついてくる。

「いい」
「……え?」

「必要ない」
「……でも」

「車は?」
「……車?車なら外に」

「自分で歩く」
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