たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
そして、大人たちのドタバタを、私の隣で冷静に観察していた湊までひょいと抱き上げ、そのまま彼らは二階へとつながる階段を、振り返ることもなく駆け上がっていった。

(待って、みんな!!私を置いてかないでーー)

私と拓真の前にはまるで嵐が過ぎ去ったあとみたいな静けさが残される。

見えなくなった皆の背中から、やむを得ず、目の前の拓真へと関心を向けると、もはや寝ているか起きているかも分からないくらい、片時も動く気配がない。

(……話あるんじゃ、なかったの?)

屈強な腕さえ移動させてくれないから、せめて起きているかだけでも確かめるべく、そろりそろり、そばへと近づいていく。

「あのー、柳生、さん……?」

「……柳生さん、か」

(起きてるならそう言ってよ、もー)

拓真がようやくそう口を開いてくれたので、
元にいた場所に戻ろうと、そーっと身体の向きを変えようとした。

しかし、いきなり手首を掴まれ、強引に自分の方へ引き寄せてくる。

(……えっ?何?)

その衝撃で、思わず前に転げそうにもなったが、辛うじて拓真の顔先で踏み止まった。

じっと見つめたその目は、あの時と変わらず曇りがなく、真っ直ぐだ。

「単刀直入に聞く。俺はお前を、これからどんな目で見たらいい?」

だから、私も今の正直な気持ちを伝えた。

(ごめん……拓真。私は、湊の姉として、ここに来ただけだから……)

「……小濱、さん」

でも、そんな気持ちとは裏腹に、なぜか私から出てきた声は、どこか弱々しいものだった。

すると指の力は、まるでその瞬間、何かが途切れたように弱まり、また顔を隠すために使われる。

拓真の瞳に、もう私は映らない。

偽りのない気持ち、だったはずなのに、心はなんだか寂しがっている。私はただちに彼のそばから遠ざかると、そんな空白を埋めるように、熱が残る手首をかばった。

(あーー、びっくりした……)

「……そうか。じゃあ、小濱さん。一つ聞いておくが。弟が引き受ける役の意味を、本当にちゃんと理解しているか?」
「……意味、ですか?」

「与助は、孤児だ。あの子が背負うには、かなり荷が重過ぎる役だと思うが」
「……えーっと、つまり?」

「そこまで言わせるのか、俺に」

沈黙が突きつける言葉の意味を、私はようやく理解した。

「………何、それ」

そして、何かに突き動かされるように、固い握り拳をつくっていた。

手の中から消えた小さな温もりが、懸命に伝えてくれた言葉を、想いを、思い出しながら……。

「柳生さんが命がけで向き合ってるように、湊だって、この仕事を本気で大事にしたいんだよ?子供があれだけ真剣になってることを、大人のエゴで止めるのが正解って言いたいわけ?」

誰かに、こんな湧き出てきた感情をそのままぶつけるみたいなことをするのは、初めてだった。

以前とはもう違う私の姿に、顔色一つ見せないで一方的に主張だけを続けていた拓真も、目を大きく見開きながら身体を起こし、一泡吹かせられたという表情をしている。

「いや、ただ、俺は……」

そして私はそんな拓真の困りきった姿を見るのも初めてだった。

(あっ……やってしまった……)

もっと冷静に言えやしなかったのかと、心底後悔した。拓真のこんな顔を見たくなくて、ずっと踏み込むことから逃げてきたのだから。

そんな悔いる私の視線の向こうから、階段をドタドタと駆け抜ける音が聞こえてくる。

湊が宇佐見さんに連れられて、二階から一階へと降りてきたのだ。

「それは違うよ。僕には、ねえさんだって、とーさんだって、いるんだから」

(……湊、いつから聞いて)

私の失敗を正解に変えてくれるのは、やっぱり湊だ。本人の気持ちも何もない無意味な会話に、たった一言で簡単に決着をつけてしまう。

「そうよ。それに、専門のカウンセラーだってしっかりとつけて、私たちも万全の態勢で湊を迎えるって言ってるの。もう、いい年して何をそんな感情的に……」

((いや、宇佐見さんが言えたことでは……))

互いにそう物申したくもなって、意見を一致させるように目と目が交わる。

が……今は後ろめたい気持ちの方が強いのか、目があっても揃いも揃って、すぐに別の場所へとずらしてしまう。

恐らく、そんな二人のギクシャクとした空気を察したのだろう。

「まあ、ちょうどいいわね。鈴子、こっち」
< 36 / 49 >

この作品をシェア

pagetop