たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
わけもわからず、ジーッと見つめる私に気づくと、拓真は笑い続けながら、こう言った。

「いや、さすが、小濱の子って、感じだな」

「……ああー、でしょ?」

この笑顔の裏には、あの頃よりずっとたくさんの苦悩と葛藤があるはず。

でも湊が引き出してくれた、久しぶりに見る拓真の笑顔。

そのおかげで、何も難しいことを考えずに、ただ無邪気に遊んでいただけだった、あの頃に一瞬でも帰れたみたいだった。

(好きだったな……拓真の笑った顔)

笑い声が収まると、今度は腕を組みながら、後ろの壁に背中をつけて、ボーッと足元の一点だけを見つめ始める。

「……で?お前はどうする」

私は、気を抜けば落っこちてしまいそうな視線を、引っ張り上げるように、もう交わらないその人を、あえて真っ直ぐと見つめてこう答えた。

「私にできることなら、なんでもするよ……湊のためだもん」

「……そうか」

「そっちは?」

拓真は、思いがけずのしかかってきた重荷を落とし込むように、ひとりで何度も頷いている。

「……作品の、ためだな」

言葉の数こそ少ないけれど、その気持ちを十分に理解した私は、遠くの壁に寄りかかる拓真に向かって、自ら手を差し出した。

「じゃあ、よろしく。柳生さん」

(握手くらいなら、良いよね……だって、私たちは同志なんだから)

でも、拓真のそばに、自分から歩み寄りはしない。これ以上は、もう私から拓真に近づくことはできない。

すると、拓真は私の伸ばす手が視界に入ると、驚いたように顔を上げた。

そして今度は小さな笑いを隠すように俯きながら、ゆっくりこちらに向かって歩いてくる。

手のひらと手のひらが重なり、屈強な腕に引っ張り上げられるみたいに、私も立ち上がった。

「ああ、よろしく。小濱さん」

互いの守るべきものが一致した今、私たちの目は初めてしっかりと合わさる。

((この作品を、絶対に、成功させるんだ……))

そんな、まるで嵐のような一日を終えると、いつものように家族で夕飯をとり、時代劇タイムが始まった。

でも、湊の睡魔はもう限界に達していたようで、珍しくその途中で眠りに落ちてしまった。

(……いつになく張り切ってたもんね。よっぽど疲れたんだな)

テレビの前で毛布を抱きしめながら、幸せそうに夢を見る湊を、晩酌中の私と父さんが食卓から微笑ましく眺めている。

二人の会話も自然とひそひそ声になる。

「……って、話になったわけ」

「おうおう、おうおう。それは飛んだ展開じゃないか」

(あれ?これは、予想外の反応だ……)

「へえ……」

「ん?なんだ?その、へえ……ってやつは?」

「……いやあ、意外に冷静だなあって」

「拓真がいなけりゃ、何も始まらないわけだろ?じゃあ、お前が元気にしてやるしかないじゃないか」

(そっか……拓真に倒れられちゃ、湊のあの嬉しそうな顔も、なかったことになるのか……)

不思議と過去のいろんな出来事が頭の中をめぐってきて、私はその重荷に潰されないように、背もたれに背をつけた。

「元気にする?……そんな力、あるかねえ、私に」

すると、グビっとビールを喉に通した父さんは、照れくさそうに、こう言ってきた。

「……父さんにしてくれたことを、してやりゃ良いんだよ」

湊を見つめていた眼差しを、目の前の父さんへと移す。

「あはははっ……いや、父さん、あっちは有名人だよ?抱えてるものとか、ね?違うだろうし……」

「そんなもん、誰にでも言えるじゃないか」

(……誰にでも、か)

私は、心の中のおもりがスーッと溶けていくみたいに、背もたれから背を浮かして、最後の一滴まで一気にビールを飲み干した。

「父さんってさ、たまーに、たまーに、いいこと言うよね」

「おっ!じゃあ、ありがたついでに、もう一杯、付き合ってくれるか?」

「んー……もーう、しょうがないなー。じゃあ、湊のこと、ちゃんと布団で寝かせてきてよー」

「あいよっ」

なるべく音を立てないように、私と父さんはそーっと椅子を引いて、各々の場所へと散らばった。
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