たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
私はまた遠くなる背中を見失わないように、急いでダンボール二つを持ち上げて、その部屋から出た。

すると玄関から最も近い場所に、一つだけ光が漏れている部屋があり、その光を頼りに私は歩き出す。

光の先では、大きな黒色のベッドの上で、湊がスヤスヤと眠っていた。

拓真は私が部屋に入ってきたことを確認すると、湊が眠るベッドに背を向けて、入れ違いになるようにこの部屋から出ていこうとする。

「ちょ、ちょっと待って。ここって、寝室なんじゃないの?」
「……ああ。それがどうかしたか?」

「柳生さんは?どうすんの?」

拓真はドアの前で足を止めると、私を見ながら表情一つ変えずに、真剣な声でこう聞いてきた。

「それは、俺もここで一緒に寝ていいってことか?」
「良いよ?そうしたいんだったら」

あっけらかんと答える私に、拓真は一瞬目を丸くしたが、湊にその視線を向けると、何か納得したように小さく頷いた。

「……ああ、そうか。こいつもいるからな」

「ん?そうだけど?」

「もともと、ここは、使ってない部屋だ。好きに使え」

そう言い残すと、拓真はまたすぐに背を向けて、リビングへと戻ってしまう。

(使ってないって……ええー……)

私はダンボールに入った、随分と大きくなった子供服をクローゼットの中へと移しながら、ぼんやりと、まだ湊が母さんのお腹の中にいた日のことを思い出していた。

湊が男の子だと分かった日から、調子が良い日によく家族で出かけた。

そのとき、母さんは生まれてくる子を想像しながら、小さな服ばかり手に取っていた。

誰にでもいつか終わりは来る。

だから私は、あの頃みたいに、終わりなんて来ないと、馬鹿みたいに信じ込むことはできない。

でも、その小さな服たちは、母さんと湊をつなぐ、数少ない思い出になってくれたのは確かだ。

どうせ後悔するのなら、私もそんな使い方をしたい。

正直、ここまで拓真が生きることを、犠牲にしているとは思いもしなかった。

拓真を見ていると、そんな人の命の儚さが、またどうしようもなく近く感じてしまう。

たくさんのことを知ってしまった私は、その背中を追いかけて、またリビングへ戻った。

やっぱり拓真は、こんなわずかな時間にもソファの背に身体を預けながら、レンズ越しに見つめる文字の世界に、思いっきり深く入り込んでいる。

(……また、集中してるなあ)

「ねえ、柳生さん。今日、何か食べた?」
「……いや?」

「昨日は?」
「……さあ?」

やはり返ってくる言葉は、どれも心ここにあらずのような、ふわふわとしたものばかりだった。

本来ならば、食料を買い足しにいくのがベストであろう。

でも、目の前の世界に入りきっている拓真に、幼い湊を預けるのはかなりの危うさがあった。

「寝てる間に湊のご飯作りたいんだけど、冷蔵庫のもの使わせてもらっていい?」
「……ああ」

リビングとドアを隔てずにつながった、もう一つの部屋に、キッチンスペースがあった。

私は英佑さんから、訳も分からず覚え込まされた、拓真の最近の食事を思い出しながらそこへと向かう。

正面には、使った跡のないピカピカのシンクと五口のコンロが見え、I字型のキッチンと並行して、手前にはダイニングテーブルも並んでいた。

でも私は真っ先に、右手にあるシルバーの冷蔵庫に向かって歩く。

英佑さんの言うとおり、冷蔵室には卵と鶏肉が、野菜室には丸々としたキャベツだけが入っていたけれど、どれも手付かずという感じだった。

(……あの頃から全く変わってないなあ。一つのことに没頭しちゃう癖)

私は卵二つと鶏胸肉を一枚、それにキャベツの葉を数枚使って、湊と自分用の親子丼もどきとサラダ、それに味噌汁を作ることにした。

あとは煮詰まるのを待つだけというところで、リビングの方向から湊の声が聞こえてくる。

「……ねえね」

湊が甘えたい時の私の呼び方だ。

駆けつけるようにその声の元へ向かうと、やっぱり湊が寝ぼけ目をこすりながら、開けっぱなしのドアの前でボーッと佇んでいた。

「湊、おはよう。なんか飲む?」
「……うん……飲むぅ」

キッチンへ水を取りに行く途中に、ちらりと拓真の方を見ると、先ほどと全く変わらない体勢で、まだ文字の中の世界から出てくる気配がなかった。

(……さすがに、この猛暑で何も飲まずは、怖くない?)

私はまるで湊に抱く感情と同じように、一抹の不安がよぎって、気づいたときには両手が並々と水を入れたコップで塞がれていた。
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