たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「ねえさん?ねえさん?」
目一杯張った湊の大きな声と、何度も続く揺さぶりが、夢の中から私を呼び起こす。
私は毎朝そうしているみたいに、差し込む光と戦いながら、うっすら目を開ける。
そして、見つけ出した小さな身体を、胸の中へ苦しいくらいに、ギューっと閉じ込めた。
「おはようー……湊ー……」
ただ今日はセットしていたはずのアラームもまだ鳴っていない。
けれど、なぜか湊はもうとっくに甚平から着替えて、正座をしながら、私が起きるのを待っていたわけだ。
「……あれ?どうした?」
「あそこ……」
そう言いながら湊が指差したのは、出入り口の方向だった。
あまり深く考えずに、言われるがまま視線を移す。
そこには、昨日と何ら変わらない格好の、柳生拓真が、腕を組みながら、気だるげに立っていた。
私は、身体を飛び起こした。
「……えっ!?なんで??」
「車。八時到着に変更だそうだ」
そう要件だけ伝えると、拓真はさっさと背を向けて、この部屋から出て行ってしまう。
人様に見せるには大変忍びない、血色のない顔を隠す時間すらなかった。
ただ、数秒の間に起きた信じられない状況を、まだ動き出してもいない頭で、必死に整理する。
すると、腕の中にいる湊が、私を見上げながら無邪気にこう教えてくれた。
「父ちゃん、ずーっと待ってたんだよ?」
「……ずーっとって、いつから?」
「んー……ねえさんが、むにゃむにゃ言ってるときから」
「むにゃ!?寝言?聞かれたって、こと?」
「うん!!!」
その陰り一つない、ハキハキとした返事を聞いて、私は朝っぱらから撃沈した。
「……ねえさん、他になんか言ってた?」
「えへへ。秘密ーー!」
(ええ、ええ。また秘密ですか。そうですか……)
自分が何を口走ったかもわからない。
だから、拓真の前に出ていくのに、こんなにも躊躇いが生まれてしまっている。
それでも起こってしまったことは、もう取り返しがつかない。
私は立ち向かうしかないと、リビングのドアを思い切って手前に引いた。
すると、部屋の中心にある、ローテーブルの上には、最後に見たものより、さらに乱れた光景が広がっていた。
それまで考え込んでいた思考すべてが、一気にどこかへ吹っ飛んでいく。
(……えっ?もしかして、あのまま一睡もせず、ずっと起きてたわけ??)
でも、ガチャリとドアが開いた音には、身体が勝手に反応していた。
拓真がしれーっと書斎の中から出てくる。
新しい白シャツのボタンは、まだ留めきっていない。
ふと視線を下げていくと、そこには鍛え上げられた、剥き出しの腹筋がある。
男の人の裸体なんて、もう何年も見ていない私には、あまりにも刺激の強い絵面だ。
「ひっ……!」
悲鳴にも似た声を出しながら、私は壁に顔を貼り付けていた。
拓真は、そんな私の背中も全く気にすることなく、通り過ぎていく。
人ひとりが通れるほどの、ただでさえ狭い通路。
身体と身体が他意なく接触するし、生きる上で必要不可欠な息遣いも、頭のてっぺんを掠める。
ほんの一瞬の、何ら気に留めることのない、出来事のはずだ。
なのに、私の鼓動は、それからものすごい早さで動き始める。
自分の身体に、何が起きているのか。
訳がわからず、まだ壁に顔を張り付けたまま、かちこちに固まっていた。
「……時間、良いのか?」
(あっ、そうだ……!時間……!)
そんな拓真の言葉にハッとさせられて、リビングの壁時計を見ると、もう迎えの時間まで三十分もなかった。
(着替えは終わってるから良いとして、今から朝ごはん食べて、検温して、歯磨きさせて………)
「ぜんっぜん!良くない!」
そこからはいつもの小濱家と変わらない朝の日常が始まった。
移動時間を少しでも短縮したいと、もう止まることはおろか、ゆっくり歩くなんてこともしていられない。
「……っと、気をつけろよ」
すれ違いざまに身体がぶつかり、ふらつく足を受け止められても、私はすぐにその支えを拒絶する。
「大袈裟だって……」
優しい言葉をかけられても、たった一言、最低限の言葉だけ返す。
そうすれば、また何ごともなかったように、目の前の止まることのない時間の進みが、すべてのざわつきを流してくれる。
「湊ー!!朝ごはん出来たよー!!柳生さんはー?朝、食べないんだっけ?」
「……ああ」
そんな一分一秒を無駄に出来ない、戦いのような朝は、知る由もないのだろう。
拓真は、ひとり先に支度を終えると、ソファの上でその戦場を見ながら、まるで軽いカルチャーショックを受けたみたいに、言葉という言葉を失っていた。
目一杯張った湊の大きな声と、何度も続く揺さぶりが、夢の中から私を呼び起こす。
私は毎朝そうしているみたいに、差し込む光と戦いながら、うっすら目を開ける。
そして、見つけ出した小さな身体を、胸の中へ苦しいくらいに、ギューっと閉じ込めた。
「おはようー……湊ー……」
ただ今日はセットしていたはずのアラームもまだ鳴っていない。
けれど、なぜか湊はもうとっくに甚平から着替えて、正座をしながら、私が起きるのを待っていたわけだ。
「……あれ?どうした?」
「あそこ……」
そう言いながら湊が指差したのは、出入り口の方向だった。
あまり深く考えずに、言われるがまま視線を移す。
そこには、昨日と何ら変わらない格好の、柳生拓真が、腕を組みながら、気だるげに立っていた。
私は、身体を飛び起こした。
「……えっ!?なんで??」
「車。八時到着に変更だそうだ」
そう要件だけ伝えると、拓真はさっさと背を向けて、この部屋から出て行ってしまう。
人様に見せるには大変忍びない、血色のない顔を隠す時間すらなかった。
ただ、数秒の間に起きた信じられない状況を、まだ動き出してもいない頭で、必死に整理する。
すると、腕の中にいる湊が、私を見上げながら無邪気にこう教えてくれた。
「父ちゃん、ずーっと待ってたんだよ?」
「……ずーっとって、いつから?」
「んー……ねえさんが、むにゃむにゃ言ってるときから」
「むにゃ!?寝言?聞かれたって、こと?」
「うん!!!」
その陰り一つない、ハキハキとした返事を聞いて、私は朝っぱらから撃沈した。
「……ねえさん、他になんか言ってた?」
「えへへ。秘密ーー!」
(ええ、ええ。また秘密ですか。そうですか……)
自分が何を口走ったかもわからない。
だから、拓真の前に出ていくのに、こんなにも躊躇いが生まれてしまっている。
それでも起こってしまったことは、もう取り返しがつかない。
私は立ち向かうしかないと、リビングのドアを思い切って手前に引いた。
すると、部屋の中心にある、ローテーブルの上には、最後に見たものより、さらに乱れた光景が広がっていた。
それまで考え込んでいた思考すべてが、一気にどこかへ吹っ飛んでいく。
(……えっ?もしかして、あのまま一睡もせず、ずっと起きてたわけ??)
でも、ガチャリとドアが開いた音には、身体が勝手に反応していた。
拓真がしれーっと書斎の中から出てくる。
新しい白シャツのボタンは、まだ留めきっていない。
ふと視線を下げていくと、そこには鍛え上げられた、剥き出しの腹筋がある。
男の人の裸体なんて、もう何年も見ていない私には、あまりにも刺激の強い絵面だ。
「ひっ……!」
悲鳴にも似た声を出しながら、私は壁に顔を貼り付けていた。
拓真は、そんな私の背中も全く気にすることなく、通り過ぎていく。
人ひとりが通れるほどの、ただでさえ狭い通路。
身体と身体が他意なく接触するし、生きる上で必要不可欠な息遣いも、頭のてっぺんを掠める。
ほんの一瞬の、何ら気に留めることのない、出来事のはずだ。
なのに、私の鼓動は、それからものすごい早さで動き始める。
自分の身体に、何が起きているのか。
訳がわからず、まだ壁に顔を張り付けたまま、かちこちに固まっていた。
「……時間、良いのか?」
(あっ、そうだ……!時間……!)
そんな拓真の言葉にハッとさせられて、リビングの壁時計を見ると、もう迎えの時間まで三十分もなかった。
(着替えは終わってるから良いとして、今から朝ごはん食べて、検温して、歯磨きさせて………)
「ぜんっぜん!良くない!」
そこからはいつもの小濱家と変わらない朝の日常が始まった。
移動時間を少しでも短縮したいと、もう止まることはおろか、ゆっくり歩くなんてこともしていられない。
「……っと、気をつけろよ」
すれ違いざまに身体がぶつかり、ふらつく足を受け止められても、私はすぐにその支えを拒絶する。
「大袈裟だって……」
優しい言葉をかけられても、たった一言、最低限の言葉だけ返す。
そうすれば、また何ごともなかったように、目の前の止まることのない時間の進みが、すべてのざわつきを流してくれる。
「湊ー!!朝ごはん出来たよー!!柳生さんはー?朝、食べないんだっけ?」
「……ああ」
そんな一分一秒を無駄に出来ない、戦いのような朝は、知る由もないのだろう。
拓真は、ひとり先に支度を終えると、ソファの上でその戦場を見ながら、まるで軽いカルチャーショックを受けたみたいに、言葉という言葉を失っていた。