たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「ねえさん!もう行くよー」

すべてのミッションを時間内に何とか終えると、玄関の方から私を呼ぶ声が聞こえてくる。

シンクの取っ手にかけたタオルで、さっと手を拭き、急いで彼らの元に駆けつけた。

ちょうど湊が、上がり(かまち)に座りながら靴を履き終え、さあ出かけようと立ち上がったところだった。

「あっ!ちょっと待って!湊!」

私は立膝をつきながら、小さな靴が脱げないように、マジックテープをしっかりと留めなおす。

ドアを開けながら、湊の支度が終わるのをじーっと待っていた拓真が、急に口を開いた。

「本当に大丈夫なのか、根元に任せて」
「……ああ。なんか宇佐美さんに邪魔だ、って言われちゃって。あっ、全然嫌味とかじゃなくて事実としてね!なら、私は父さんと一緒に、湊の帰る場所を守ろうかなーと」

成長の嬉しさは、もちろんある。

でも、どうしたって心配は尽きない。

そんな気持ちを、グッと堪えながら、最後に暑さ対策のための帽子を、深くかぶせた。

「湊!なんかあったら、根元さんにちゃんと言うんだよ?すぐに、ねえさん飛んで行くから」
「はい、はい。分かってるって」

すると、もはや湊しか映っていなかった私の視界に、拓真の手が伸びてくる。

「……スマホ、貸せ」

「ん?スマホ?……まあ、良いけど」

時間がない中、私は言われた通りに、ポケットから取り出したそれを、急いで手渡す。

一瞬、チラッと見えた拓真のスマホには、私のと同じく、湊の写真が映し出されていた。

「待ち受け。湊なんだ」
「ああ。いつでも、目に入るからな」

その言葉を聞いて、私はニヤケを隠せなかった。
かちこちに固まっていたはずの私の頬は、嘘みたいにゆるゆるになっていた。

それにしても、拓真は、ずっと自分のスマホと私のスマホを交互に見ながら、何やら慣れた手つきで、弾くように指を動かし続けている。

「お前も、この方が安心だろ」
「……えっ?」

返されたスマホを見てみると、そこには拓真の名前が、「友達」の一人として表示されていた。

「父ちゃん。うちのたい焼きってね。とーっても美味しいんだよ?」
「ああ、覚えてるぞ」

私は、二人のその会話に、慌ててスマホから目線を上げた。

けれど、彼らはもうとっくに外へと出ていて、ドアも、ゆっくりと時間をかけて、閉まろうとしている。

「行ってきまーす」

拓真の腕の中で、そうあっさりと手を振る湊の顔が、だんだんと欠けていく。

私も見えなくなる前に、しっかりと送り出さなきゃと、ない声をどうにか絞り出しながら、慌てて、手を振り返した。

「はーい!いってらっしゃい」

そして、ドアはガチャっと閉まり、私は本当に一人になってしまった。

一人になって、もう一度確認するが、やっぱり私のスマホには「柳生拓真」の連絡先が、しっかりと登録されている。

あのときは、どれだけ時間を重ねても出来なかったことが、一つの重荷が取れてしまえば、こんなに簡単に出来てしまうらしい。

(……え?じゃあ、今のは何?)

だからこそ、あの最後の言葉が、湊に向けた言葉なのか。それとも、また別の意味を含んだ言葉なのか。

それがよく分からなくて、変に勘ぐってしまう。

今なら誰の目にも見られていない。

私は混乱する頭に耐えきれなくなって、閉まったドアを見ながら、へたりと床に崩れ落ちた。

すると、なぜか今までと全く重みの違う端末が、ブルブルと動き出す。

私は身体をビクッと跳ねさせた。

急いで画面を見ると、電話をくれた相手は父さんらしく、無性にホッとした。

「もしもし?父さん」
「ああ!鈴子!湊、ちゃんと行ったか?」

「うん、ばっちり!私も今から出るから、開店前には着くと思う」
「よっし!じゃあ、それまで、はじめと繋いどくぞ」

要件だけ伝えて電話が切れると、私は再び立ち上がった。

こうして、また進み続ける時間に、すべての混乱を流してもらうのだ。

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