たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
小濱堂に戻ってきたのは、開店三十分前。
すでに町には、ちらほらと人の流れが生まれ始めていた。

ガラス張りの焼き場は、そんな道ゆく人からも、はっきりと見えるようになっている。

私も彼らと同じように、父さんの背中を確認しながら、小濱堂に戻っていく。

「ただいま帰りましたー」
「小濱さん。おはようございます」

すると、はじめ先生がエプロンをつけ、店の人間として、毎朝恒例の掃き掃除をしてくれていた。

「ああ!ほんっと、ごめん。せっかくの夏休みなのに」
「いえ。どうせ暇してましたから」

私も急いでエプロンの紐を結び、ほうきでさっさと掃く音が、一つから二つになる。

その音をバックに、大抵聞こえる話は、湊のことか、お店のことだ。

「湊は、元気にやってます?」
「うん!今朝も、ルンルンで出てってたよ」

「相変わらず、肝据わってますね」
「ほんとにねー?」

すると、ほうきで掃く音が、なぜかまた一つになる。

「……でも、小濱さんは、男と暮らすの平気なんすか?」

私も動かし続けていた手を止めて、首を傾げながら、はじめ先生の顔を見た。

「えっ?」

なんだか、本気で私のことを心配してくれているみたいだった。

「気、遣いません?」

「……いやー、今のところは大丈夫かなー」

「なら良いですけど……気をつけてくださいよ。男って、急に豹変しますから」

(……ひ、豹変?何も、そんな獣みたいな)

でも、私の気持ちはそんな話をしている間も、ずっと湊のことばかり気にしていた。

だから、はじめ先生の肩を、ポンポンと叩きながら、今朝は早々と掃除を切り上げる。

「まあ、若いときはね。そういう時代もあるよね」

そして、誰の目にも触れない厨房の隅っこに逃げ込むと、ポケットからスマホを取り出し、着信履歴を確認した。

連絡はない。

それが、何より元気な証拠なのだ。

必死にそう思い込ませるしかなかった。

「鈴子ーー?何してる?」
「はーーい!今行きまーす」

だって、またすぐに私を必要とする、誰かの声に呼び戻されるのだから。

そうやって、なんとか人の流れが落ち着く時間まで働き続けた。

「お先、上がりまーす」

夏の空は、この時間でもまだ明るい。

でも、あれこれしていれば、あっという間に、湊たちが帰ってくる時間になってしまう。

(あっ、そうだ……)

しばらく歩いたところで、ふと思い立ったように、店へと引き返した。

「父さん」
「ん?どうした」

「かき氷機、借りてっていーい?」
「湊にか?」
「うん。そうそう」

かき氷機を脇に抱えて、食料を買い込むことになってしまったのは、もはや致し方ない。

使い慣れていないキッチンで、食材たちを調理しながら、今か今かと、彼らが帰ってくるのを待っていた。

「ただいまー!」

生活音だけが響くもの寂しさを、待ち人の声が掻き消してくれる。

私は急いで彼らを迎えに行った。

玄関にいる湊は、拓真に抱かれて、ずーっとニコニコしていた。

「おかえりー!湊、どうだった?」
「うんとねー、すんごく、楽しかった!」
「そっかそっか!!良かったねー!!」

隣から向けられる視線なんて、もうお構いなしだ。

思わずつられて笑いながら、一日の奮闘を讃えるように、湊の頭をわしゃわしゃと撫でる。

でも、やっぱり冷静になると、その視線はないものにはできないくらいに痛かった。

(……あっ、つい、興奮しちゃった)

上がりきった頬を元に戻し、キュッと引き締めた姿勢を、拓真に向ける。

「柳生さん。湊が何かご迷惑おかけしませんでした?」
「いや。よくやってたよ」

その言葉を聞いて、胸のつかえが取れたように、ホッと息を漏らした。

「本当ですか……ああ、良かったぁ……」

そして、私は大事な計画を思い出した。

「あっ、そうだ!湊!かき氷しよっか!」
「えっ?でも、あれはうちに帰らないと」

顔が曇ることもない。

ただ、きょとんとした顔でそう言う。

やっぱり湊は、完全に夏の恒例行事を諦め切っているようだった。

ここまできたら、存分に驚かせてみせようと、拓真にもこっそり協力を求める。

「柳生さん……目隠し、してください」

長年のよしみがそうさせるのか、それ以上の言葉はいらなかった。

拓真は大きな手のひらで、湊のぱっちりお目目をすっぽりと隠す。

「……こうか?」
「はいっ……そのまま、こっちです」

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