たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「ちょっと良いか」

拓真の遠慮気味な声が聞こえてくる。私はそんな小さな声でも簡単に眠った身体を起こす。

「んっ……?」

外からの眩しい光が、しょぼくれた目に刺さる。
かすかに拓真のシルエットが見える。

「ああー……おっけー」

まだ全てがボケーっとしてるけど、私は一瞬ですべてを理解する。

あの日から拓真は限界が近づくと、こうするようになったから。

ただ、何回かそうしていると、膝を抱えながら、ただじっと背中を向けているのも、落ち着かなくなってきた。

結局、ローテーブルの上で文字を書きながら、後ろの人の眠りを待つのが、なんだかんだ一番しっくりときた。

話の内容はその時々によって、あっちこっちに変わった。

ある日は湊がいつ歩いたとか、初めて話した言葉はなんだった、とか。

少しお酒が入りすぎた日には、母さんが亡くなった日の話。それから、荒れ果てた父さんと向き合ったときの話もした。

すると、拓真も劇団の看板が消えた日のこと。
その名前を守るために、またその世界に戻るために、すべての自由を手放したこと。それでも、ずっと親身になってくれた寺沢さんのこと。

少しずつだけど、教えてくれた。

千世さんたちとは、事務所が変わってから、またいつでも会えるようになったみたいだ。でも、なにせ15年ぶりだから、まだ他人のような感覚が抜けないらしい。

何の制約も、縛りもない。

この時間だけは、まるで「幼馴染」だった、あの頃のような関係性に戻れた。

もちろん、その他の過去の話だって、ただ私たちの人生の「一部」として会話に出てきた。

「何、書いてるんだ?」
「ん?これ?日誌だよ。夏休みの宿題」

「宿題?保護者にも出るのか?」
「あははっ……正確には、保護者だけなんだけどねえ」

言葉がなくなっても、ペンの走る音は、ずーっとそこにある。

もう、わざわざ頭を重労働させせたり、胸をザワつかせることもない。

ただ、すべてが笑いで完結してしまうこの時間。
それが、私にとっても、ちょっとした憂さ晴らしになっている。

そのおかげだろうか?
拓真から話しかけられることも、うんと増えた。

「……今じゃ、あの頃と真逆だな」
「え?どういうこと?」

「追う方と」

でも、その言葉の止まりは、私の答えを待つようなものに思えた。

だから、私はペンの走りを止めて、振り向きながら、大真面目にこう返す。

「追われる方?」

見つめ合った目から恋が始まるとかもうない。

それはただ、すべてを笑いに変えるスイッチになっていた。

そして、今日も二人で腹を抱えながら、その目は自然とずれていく。

「はははっ……今になって理解できたってねえ?」
「なはははっ……ほんとになあ」

そんな夜中には少々うるさすぎる、二つの笑い声。今日は、止まるタイミングまでぴたりと重なった。

こんな時間に、誰かが、ガチャとリビングのドアを開けたから。

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