たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
拓真は、俯いて、はぁ……と、何やら深刻そうなため息をつく。
ただ、もうそれ以上、話を聞けることはなかった。

私の右足を、片膝から下ろし、床に手のひらをついて、立ち上がる。

「っしょ……」

そして、また、ソファの中心に、足を大きく開いて座る。

左右離れた太腿の上に、両肘をかけて、ずーっと、ガラス窓のさらに向こうの、夜の緑を眺めている。

そんな彼の横顔を、見続けてから、どれくらい時間が経っただろう。
まだ、話さない。

時計の針も、また一つ、また一つと、進んでいく。
でも、まだ、話さない。

だから、私も、もう、エプロンの深紅だけを見つめている。

「まあ、確かにな……」

彼が、やっと話し始めた。
さっきより、ちょっとだけ、緊張の取れた声だった。

「役者は、終わりと隣り合わせの仕事だ。不養生だから、いつ倒れるかもわからない。人気商売だから、少しでも粗が見えれば、すぐ人だって離れていくだろう」

この一か月、私が散々と見てきた「柳生拓真」の横顔だった。

ホッとした。
また、いつもの拓真が戻ってきたから。

「それに……」
「それに?」

でも、全部が見えていなかっただけらしい。
正面から見た、拓真の顔はさっきのままだった。

瞬きもしない。
視線もブレない。
口角も上がらない。

「それに、好きな女ができても、手放さなきゃならなかった」

私は、その言葉に、その顔に、かなり食らった。
その事実は、どれだけ時間が経っても、鋭い刃のまま、やけに深い傷をつくる。

だから、私も、いつもみたいに、茶化すしかなかった。
背もたれに肘をついて、重たい頭を支えた。

「とっくに知ってるってー、そんなの」

(わざわざ、言わなくったって、良いのになあ……)

拓真にも、わかったんだろう。
触れてほしくないって。

だから、もう、改まって顔を見せない。
緑を見つめる拓真の、背中しか見えない。

うん。やっぱり、私にはこれが楽だ。

「これからも、終わりなんて、山ほど出てくるだろう。でも、その度にさ、お前と話せば。俺は、ああ、幸せもんだなあって、思えるらしくてな」

「へえ~」

相槌も、いつもの。

でも……
よーく、考える。

(ん?幸せ……?)

身体が、じわじわ熱くなってくる。

私は、ソファの隅に飛び移った。

「……はーーっ?」

最大限、目を見開きながら。
思いっきり、叫びながら。

見開いた目に、映し出されたのは、さっきの顔じゃない。
三日月みたいな目。
口角まで、少し上がってる。

「俺は、お前さえいれば、もう、それで良いんだとさ」

角がすべて取れて、丸くなった声。

私は、固まった。
だって、夢の中でも聞いたことのない言葉を、私は聞いたのだから。

ソファの上で、指だけが、だんだんとぐねっていく。

拓真の手が、それをピタっと止めた。
拓真の体温を、肌に感じる。

でも、目の前のその人が、あまりにも幸せそうで。
私は、もう、その顔から目を逸らせない。

「……始めたいって、言ってるんじゃない。今の俺らなら、終わりのない未来も、ちょっとは、見えてこないか?」

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