たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
だから、私は狂ったように、ファスナーだけを見つめて、その言葉を待っている。

「そんなの、言えるわけないだろ?」

(……なんで、なんで)

「なら、私もやめてあげらんない」

ファスナーを、下ろした。

トランクスの色が、見える。

比翼を、両手で、ぐーっと開く。

やっぱり。
トランクスの下は、静かだった。

「お前、正気か?」

(もう、私にはこれしか……)

つい数分前まで、確かな安心材料になってくれていたのに。

私たちが、道を外すことはないって。
きっと、また、そうなってくれる。

だから、私は、手を置いた。
初めて彼の形を、自分の手ひらで感じた。

トランクス越しでも分かる。
六年前、私の中にいた拓真は、こんなんじゃなかった。

大きくもない。
硬さもない。
熱もない。

本人も、ちっとも取り乱しやしない。

「何だ?ひょっとして、証明しようとしてるのか?俺がお前を、好きじゃないと?」

(分かってるんなら、早く認めてよ……)

拓真は、まだこんな感じだ。
だから、私もまだ終われない。

かと言って、こっから、どうしたら良いかも、分からない。

背中をさするような。
そんなイメージで。

私には、それくらいしか。
引き出しがないから。

とにかく、手のひらで、円を書き始める。

「……そうだよ。拓真が、全然話聞いてくんないから」

私は、おかしい。
でも、拓真も大概だと思う。

普通は、拒む。
でも、拒んでくれない。

さっきから、ソファに片肘をかけて、狂った私の一部始終を、見守っている。

「ねえ、もっと力づくで拒否りなよ」
「ん?拒否?馬鹿言え」

「なんで?」
「そりゃあ、身体が、すべてじゃないって。俺が一番分かってるから」

(だから、だから、ダメなんだよ……)

私は、でかでかと、ため息をついた。
だって、拓真は、何も分かってない。

どれだけ、身体から拓真が薄れていったって、心の片隅には、ずっと拓真が残っていた。

だから、今、お互いを遠く、遠く引き離しておかないと、今度こそ、取り返しがつかなくなる。

「身体がすべてだよ……好きな人には勃つし、嫌いな人には勃たない」
「ったく。なんでお前はそこまで」
「ぜんぶ、ぜんぶ、簡単な話だか……」

でも、私は、急に固まった。
手の動きも、ぴたりと止まった。

手のひらに、違和感を感じた。
乾き切ったトランクスが、粘っぽくなった。

(ん?なんか、ベタベタする?)

手のひらを、顔に近づける。
なぜか、濡れていた。

心の声を、ボソッと漏らす。

「……何、これ」

頭上から、すぐに答えが返ってくる。

「感じたんだよ。お前の手で」

初めて、しっかり、拓真の顔を見上げた。
何度も、瞬きをしながら。


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