たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
まっすぐと続く道も、何も感じず、ただボーッと歩いてきた。

部屋に戻る。
8畳の和室にたった一人。

やけに広い。
やけに静かだ。

何かすることがあるわけでもない。

だから、すぐ膝を折った。
座卓の上に、突っ伏した。

もう、先の先までくったくた。

どこを見つめているかもわからない。
聞こえるのは、針の音だけ。

目も耳も、すっかり休んでいる。

でも、私の指は、首筋を触る。
やっぱり、そこだけ、明らかに温度が違った。

(……ねえ。どうすんの、これ。本当に、引き返せなくなるって。てか、なんで突き放さないのよ。あんなんじゃ、まるで受け入れてるみたいじゃん)

頭の中は、もう、こんな感じで大騒ぎだ。

そうしていると、遠くから、二人の話し声が、聞こえてきた。

襖の模様を見つめる。
この襖の向こうには、格子状の引き戸があるから。

(そうだ。開けなきゃ……)

私の身体は、また、ちゃんと動き出した。
座卓に両手をついて、立ち上がる。

襖を開けたタイミングで、ちょうど格子戸の端から、湊が顔を出した。
拓真の抱っこで、ここまで来たみたいだ。

「あっ!ありがとうございました。ほんと、助かりました」

土間に降りる。
鍵を開ける。
引き戸を引く。

「ほらっ、湊、おいで……」

手を伸ばした。

そのとき。私は、固まった。

また別の話し声が近づいてくる。
おそらく、スタッフさんのもの。

(えっ……?どうしよう、どうしよう……)

正直、もう、そっちの方しか見てなかった。

でも、前の人が、突然動いた。

だから、私は、拓真を見る。
なぜか、目が合った。

しかも、どんどん、どんどん、距離を狭めてくる。

「えっ、ちょ……!」

拓真は、止まらない。
だから、私も、後ずさることしかできない。

結局、私も拓真も、部屋の中に。

ガラガラと引き戸が閉まる。

壁に背中がぶつかる。
「バンっ」

耳の近くから、また別の音がする。
「ドンっ」

私は、振り向く。
そこには、拓真の腕がある。

もう一度。
もう一度、前を向く。

拓真はずっと、外を見ている。
だから、私には横顔しか見えない。

(どういうこと……?)

「あのっ、一体……」
「……シーっ」

拓真が、こっちを見たのは一瞬。
また、すぐそっぽを向く。

喋れない。
身動きも取れない。

外も見えない。
湊も見えない。

なぜか私には、湯上がりの、汗ばんだ首筋しか目に入らない。

皆が皆、息を殺して、静けさをつくっている。
なのに、私はやたら、ごくりと音を出して、唾を飲む。

また、そうやって、一点だけを見つめていた。

しばらくすると、汗ばんだ首筋も、見えなくなった。

私は、ようやく顔を上げる。

なぜだろう。
拓真は、眉間に皺を寄せて、困った顔をしていた。

「だから、用心しろって。まだ、分かんないか?」

声の大きさも、抑えていない。
いつも通り。

困っているような、呆れているような。
そんな声。

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