たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「では、座長から一言!お願いします!」

会場に広がる声が、だんだんと萎んでいく。

もう誰の声もしない。
全員が拓真を見ている。
拓真の言葉を待っている。

でも、拓真は……
一人でずっと手酌をしている。

やっと、顔を上げた。
助監督さんと目が合い、すべてを理解したらしい。

でも、拓真は立たない。
ずっと、座ったまま。

「いや、僕は、ほんとに……」

首を振ったり、頭を下げたり。
とにかく遠慮したいみたいだ。

でも、あちこちから、求める声は飛ぶ。

「よっ!座長!」
「座長!何してんのー?」

ここにいる全員が、拓真の言葉を待っているのだ。私にも、それがよく分かった。

だから、湊を持ち上げ、自分の膝に座らせた。

拓真は、まだ立とうとしない。
思いっきり驚いた顔で、こちらを見てくる。

私は、ちょっとでも、背中を押せたらと。
微笑みながら、頷いてみせた。

受け取って、くれたんだろうか。

拓真は、自分を奮い立たせるみたいに、深く息を吸って吐いた。

纏う空気も、ガラリと変わる。
何か背負うような。
気を張っているような。

お猪口を手に、やっと立ち上がった。

でも、やっぱり……
いざ喋り出すと、額を掻いて、緊張を見せる。

「ええっと……こういうのは、本当に慣れないですね」

だから、また、あちこちから声援が飛ぶ。

「座長!がんばれっ!」
「座長!緊張しすぎ!」

「あははっ……ありがとうございます」

拓真は、照れ臭そうに笑いながら、頭を下げた。

この砕けた会に、「頭を下げる」は、ちょっと似合わない。

一瞬、時が止まった。

一瞬だけ。

皆が、一斉に笑い出す。

「「わはははっ」」

会場いっぱいに笑いが広がった。

拓真は、頭を上げた。
笑い声に、びっくりしてる。

でも、自分でも、だんだん笑えてきたらしい。
目頭を抑えて、笑いをこらえだした。

それを見て、私も笑う。
そうやって、皆で、ひとりしきり笑い合った。

その笑い声は、また、だんだんと小さくなる。
一人のために。

その人も、その空気を、その期待を、感じ取ったみたいだ。

また、気を引き締めて、話を再開させた。

「ええ……ん、んっ……僕は、撮影に入るたび、感じることがあります」

私は、ずっと、湊と顔を見合わせながら、笑っていた。
でも、その人の咳払いが聞こえると、また、彼を見上げる。

「実際、映像に映るのは演者だけですが、みなさん、一人一人の存在がなければ、僕らはその中にすら、立っていられないんです」

拓真は、もう、ちゃんと座長の顔になっていた。
一人、一人と、しっかり目を合わせながら。
珍しく熱く語っている。

「今、この場にいるキャスト、スタッフ、誰一人欠けては、この作品をつくりあげることは出来ないんです。オールアップまで一ヶ月。長丁場になりますが、どうかどうか皆さん。健康には気をつけて……」

いつの間にか、かなり、しんみりとした会になっている。

「おーい!座長!固いぞー」

かと思いや、また一人が、やじを飛ばす。

「「あはははっ!」」

また、大きな笑いが生まれる。

もう、拓真も、それ以上、固いことは言わない。
心から笑って、明るい声で。

「はははっ、ですね。ではっ、皆さんが笑顔でオールアップを迎えられることを願って。乾杯!」

「「かんぱーい」」

あちこちで、お猪口がぶつかり合う。
あちこちから、楽しげな声が聞こえる。

私は、一人、こんなことを考えていた。

(拓真は、これだけの人の人生を……)

気持ちが、一つにまとまった。

「柳生さん。じゃあ、私はこれで……」

湊を膝から下ろそうとした。
そのとき。

「嬢ちゃん!」
(……じ、嬢ちゃん?)

聞き取れているかも微妙な、ヘロヘロの声。

でも、確かにそう聞こえた。
だから、顔を上げた。

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