たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「……お、おう。そうだな」

明らかに、戸惑ってる。
私の奇行のせいで、酔いも一気に覚めたらしい。
いつの間にか、聞き取りやすい声に戻ってた。

でも、すぐ、お猪口から徳利に持ち替えてくれた。だから、やっさんのおかげで、私のお猪口は、今もどんどん満たされていく。

「よく考えりゃ、自分ばかり注がせるのも、おかしな話だよなあ」

ふと、やっさんの顔を見てみた。
お猪口を見つめる、やっさんの顔から、笑顔が消えていた。

やっぱり。
父さんとやっさんは、ちょっと似ている気がする。落ち込むタイミングも、そう。

だから、私も、ついつい普段の調子で、返してしまう。

「そうですよー!あっ!でも、お酒が苦手な人にはダメですからねー?」

はははっ、と笑われた。
調子を戻すタイミングまで、おんなじだ。

「わかってるって。それにしても、嬢ちゃん。いい根性してるねえ」
「そうですかー?ああー、父のおかげですかね?」

やっさんは、また、ニコニコと楽しそうな顔を見せながら、徳利を置いた。

「おうおう!親父さんいくつだい?」

こうして何度、注いでは注がれを、繰り返しただろうか。

あちこちから、声が聞こえていた。
でも、もう、誰も喋らない。

あるのは、いびきや寝息。

結局、最後まで残ったのは、私とやっさん。
そのやっさんも、もう机に突っ伏して、大きないびきをかいている。

だから、私は、隣を見る。
その子も、もう拓真の膝枕で、スヤスヤ、気持ちよさそうに眠っていた。

湊を抱きかかえて、部屋まで戻らないと。

立ち上がろうとしたとき。
身体がよろめいた。

とっさに、机に手をついた。
倒れずに済んだ。

頭は、まだちゃんと冴えている。
身体は、ちょっと、本調子ではないみたいだけど。

冷たい夜風で身体を冷やそう。
そう、冷静に判断した。

今度は、ちゃんと、両手をついて立ち上がった。

畳の上で、寝ている人もいた。
だから、私はそーっと、なるべく音を立てずに、一人外に出た。

真夜中の通路。

スリッパが床を打つ。
そんな、自分の音しかない。
ちょっと怖いとすら感じる。

でも、後ろから、女性の大きな声が。

「……あのっ!」

ビクッと身体が跳ねた。
心臓まで震えた気がした。

でも、スリッパの音が、やけに騒がしい。
多分、走ってる。

私は、パッと、身体の向きを変えた。

(ん?あの方は?)

見覚えのある女性が、走ってくる。

そして、私の前で止まった。
息もすごい上がってる。

「……はぁ、はぁ。小濱さん。ご挨拶遅れました。衣裳部の保高です」

保高さんは、頭を下げる。
私も、頭を下げる。

「あっ、保高さん。いつもお世話になってます」

頭を上げた。
保高さんは、まだ頭を下げている。

(ん?どうしたんだろう?)

顔を覗き込んだ。
でも、一度も顔を見せることなく、息を上げながら、話は再開した。

「さっき……助かりました。こういう遠方ロケ、初めてで。うまく立ち回れなくて……」
「ああ、そうでしたか!また、私にできることがあれば、何でもおっしゃってください!」
「ありがとうございます」

そうして、また角度が深くなる。

それは……さすがに、私の方が申し訳なくなる。

だから、また、顔を覗き込みながら、切実にお願いした。

「いえいえ。本当に顔上げてください。ね?」

保高さんは、やっと顔を上げてくれた。
その顔を見れて、ホッとした。

と同時に、まだ浮かないその顔が、やけに引っかかった。

だから、私は、最後に、くしゃっと笑みを浮かべた。

「では!おやすみなさい!」

すると、保高さんからも、ふわっと笑顔が、返ってきた。声も、だいぶ明るくなった。

「はい!おやすみなさい」

こうして、私は、身体の向きを戻した。

笑顔が消える。

また、心細いくらい静かな通路で、私のスリッパだけが音を立てる。

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