サヨナラは、向日葵の香りがした。

第2話: 10日目、月光と理科室の忘れ物

ハルが戻ってきてから、十日が過ぎた。
初めての『未練リスト』は

【夜の学校に忍び込んで、理科室のアレを見つける】

夜の20時。忍び込んだ校舎は、昼間とは全く別の顔をしていた。しんと静まり返った廊下に、私の靴音だけがやけに大きく響く。

「……ねえ、ハル。怖いんだけど」

「カナは昔からビビりだな。ほら、手、繋いでやる」

ハルが私の右手に自分の手を重ねる。
もちろん、感触はない。ただ、そこだけ冬の夜風が吹き抜けたように、指先がすっと冷たくなる。でも、その「冷たさ」が、今の私には何よりも心強かった。

ハルが指差したのは、理科室の古い戸棚の、さらに奥。
そこには、埃を被った小さな、けれど色鮮やかな「ビー玉」が詰め込まれた小瓶が隠されていた。

「これ……中二の時に失くしたって騒いでたやつ?」

「そう。あの時、カナにプレゼントしようと思って買ったのに、掃除の時間に先生が来そうになって、焦って隠したまま死んじまったんだよ」

ハルは自嘲気味に笑った。その笑顔が、月明かりに照らされて、一瞬だけ透き通る。

「……あ」

私は息を呑んだ。ハルの足元が、床のタイルの模様を透かしている。10日前よりも、確実に、彼の存在感は薄くなっていた。

「ハル、足が……」

「……ああ。やっぱり、リストを消すと『あっち』に引っ張られる力が強くなるみたいだな」

ハルは寂しそうに小瓶を見つめて、私に向き直った。

「カナ、それ、お前にやるよ。やっと渡せた」

私は小瓶を手に取った。ガラスはひんやり冷たい。

「……ありがと。でも、こんなの『未練』にするなんて、バカだよハルは」

「バカでいいよ。カナの泣き顔を見るより、
マヌケな顔の方が、俺は好きだったからさ」

帰り道、校門を抜ける時。
ハルは一度も振り返らなかった。

私のポケットの中では、ビー玉たちがカチリと音を立てる。それは、彼がこの世にいた確かな証拠。

そして、心の中のカウントダウンが、また一つ進んだ。

(残り、39日)
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