サヨナラは、向日葵の香りがした。

第3話:25日目、二つの座席とキャラメル・ポップコーン

ハルが戻ってきてから、25日が過ぎた。
カレンダーの数字はもう半分を切っている。

2つ目の『未練リスト』は
【約束していた映画を、二人で見に行く】

「……ハル、私、変な人だと思われてない?」

「大丈夫だって。周りはポップコーンに夢中だよ」

休日の映画館は家族連れで賑わっていた。
私はチケットを二枚買い、シアターの一番後ろの席に座った。私の隣、誰もいないはずの「14番席」には、ハルが座っている。

私はわざと自分のカバンをその席に置き、ハルがそこにいることを周囲に隠した。上映されたのは、ハルが生前「絶対に一緒に見よう」と言っていた恋愛映画。

劇場の明かりが落ち、スクリーンが光り出す。

「……これ、楽しみにしてたんだよな、俺」

「知ってる。ハル、予告編だけで三回も泣いてたもん」

「うるさい」

私たちは暗闇の中で、ひそひそと笑い合った。
私は大きなキャラメル・ポップコーンの袋を抱え、時々、ハルの手のあたりに置くふりをする。

ハルは食べる真似をして、「うわ、いい匂い。味覚があれば最高なのに」と悔しそうに笑った。

物語が佳境に入り、周囲の観客が鼻をすする音が聞こえ始める。スクリーンの中では、主人公たちが別れの言葉を交わしていた。

『君に出会えて、よかった』

そのセリフが、私の心臓を強く締め付ける。
隣のハルを見ると、彼はじっとスクリーンを見つめていた。その横顔は、25日前よりもずっと、薄く、頼りなくなっている。

映画の光が、ハルの体を通り抜けて反対側の手すりを照らしているのを見て、私はたまらなくなって手を伸ばした。彼の手が置いてある場所に、自分の右手を重ねる。

感触はない。指が座席のシートをなぞるだけ。
それでも、私は必死にそこに「彼」がいると自分に言い聞かせた。

「……カナ、手が冷えるぞ」

「いいの。こうしてたいの」

ハルは拒まなかった。
ただ、そっと私の手に自分の「気配」を重ねてくれた。
手のひらに感じる、微かな、氷のような冷たさ。
それが今の私にとっては、温かい温もりに感じる。

映画が終わって、明るくなったロビー。
周りのカップルが「面白かったね」と笑い合いながら去っていく中で、私は空っぽの隣の席を見つめていた。

「ハル。……映画、終わっちゃったね」

「ああ。最高だった。……ありがとな、カナ。
また一つ、未練が消えたよ」

ハルの声が、いつもより少しだけ遠くに聞こえた気がした。リストから項目が消えるたび、彼は遠ざかっていく。未練を晴らしてほしい。でも――。

ふと手元を見ると、抱えていた大きなカップには、キャラメル・ポップコーンが半分も減らないまま残っていた。結局、私一人では食べきれなかった。

甘すぎるキャラメルの匂いが、鼻の奥をツンと突いた。

私は、減らないポップコーンを抱きしめるようにして、映画館をあとにした。

(残り、24日)
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