鈴村君の裏の顔


その日の夜。
大学からの帰り道、
私は最寄り駅から少し歩いて、
自分の住む2LDKのマンションへ向かった。

夜風はまだ冷たく、
コートの襟を少し立てる。
アスファルトに映る街灯の光を踏みながら、
頭の中では由佳の声がまだ残っていた。

——鈴村君、王子様すぎない!?
——樋口君がさぁ!

……由佳は元気だなぁ。
それに加え可愛い。
由佳に言い寄る男性は大学に入学
してから既に6人は見たなぁ。
そんな由佳も、遂に彼氏が出来た。

言い寄られた6人の内の1人と今年の6月から
付き合ってる。
お互い一目惚れだと言う。

そんな出会い方もあるんだなぁって、
由佳から報告を受けた当時は感じた。

お互い幸せそうで、羨ましい。
彼氏さんは、由佳がMOONの樋口優希推しの
事も知っていて、理解力と包容力があって、
私は安心している。

そんな事を思い出している内に、
マンションに到着。
鍵を開けて部屋に入ると、
ふっと肩の力が抜けた。
キッチンの中の小さな棚には、
コンビニで買ったお菓子と、
紅茶のティーパック。

そして、寝室には積み重なった漫画。
1LDKの狭い空間だけど、
私にとっては落ち着く場所だった。

「ただいま……」

誰に言うわけでもなく、
そう呟く。
玄関のシューズボックスの棚に鍵を置き、
靴を脱いで部屋に上がる。

コートを脱いでハンガーにかけ、
部屋着に着替える。
ベッドの横のローテーブルに腰を下ろすと、
すぐ手の届くところに置いてある
漫画を一冊手に取った。

今日も続きを読むつもりだった、
お気に入りのシリーズ。

ページをめくる。
線の一本一本、セリフの間。
キャラクターの表情ひとつで、
胸がきゅっと締めつけられる。

やっぱり、こういう時間が一番好き。

アイドルの世界みたいに、
遠くて眩しい場所じゃない。
でも、この物語の中には、
確かな感情があって、ちゃんと心が動く。

スマホを置いて、
漫画に集中しようとした、
その時……。

——ピロン。

スマホの通知音が鳴る。

画面を見ると、
姉の名前が表示されていた。


お姉ちゃん?……珍しい。


通話ボタンを押すと、
少し疲れてそうな雰囲気が滲み出ていた。
でも相変わらずはっきりした声が聞こえる。


お姉ちゃんは私の7つ歳が離れている。
そして、まだ小さい会社だけれど
芸能プロダクションを3年前に設立。
やり手の社長である。
そんな姉は、私の自慢のお姉ちゃん。


「望愛、今大丈夫?」

「うん。」
「大丈夫だよ、さっき家着いたところ。」



「急でごめんね。」
「ちょっと話したい事があって。」


「いいよ。」
「話しってなに?」


私は漫画を閉じて、背中を壁に預けた。

「私が3年前に立ち上げた」
「芸能プロダクション、覚えてる?」

「もちろん、覚えてるよ!」
「あの当時のお姉ちゃん」
「忙しそうにしてたからね。」


「実は、所属してる男の子達がね」
「最近ようやく軌道に乗ってきたの。」

姉の声には、
少し誇らしさが滲んでいた。

お姉ちゃん……凄いな。
自分の夢、成功させてしまうなんて。
妹として誇り高いよ。


「でも、問題が起きちゃって。」

「所属してる男の子達が」
「最近売れ始めて寮生活をしてるの。」
「でも家政婦さんが急に辞めちゃって……」


嫌な予感が、胸の奥に静かに広がる。


「……それで?」

「望愛、少しの間でいいから、」
「手伝ってくれない?」



「え、私!?」


思わず声を張り上げた。

「望愛、大学で忙しいと思うから」
「通える時で良いの。」
「家事が中心でやってもらえないかな?」
「ちゃんとバイト代も出すよ。」

一人暮らし。
学費と生活費。
正直、余裕があるわけじゃない。


でも……

私に務まるのかな……。

「ちなみに、その子たちの」
「グループ名がMOONなんだけど。」


「……え?」
「えええ!!」

頭の中が一瞬、真っ白になった。


「MOON!?」
「あの、男性アイドルグループの?」


「そうそう。結成2年目で、」
「最近売れ始めてね。」
「私、見る目があったわ!」


「お姉ちゃんの所の事務所だったんだ。」


「そーゆーこと♪」


由佳の顔が、脳裏に浮かぶ。
キラキラした目。
楽しそうな声。
由佳が私だったらきっとこの話しを
聞いたらめちゃくちゃ嬉しいんだろうな。


「お姉ちゃん、知ってると思うけど、」
「……私、芸能人とか全然興味ないよ?」


「もちろん知ってる。」
「だから、逆に安心かなって。」


姉は少し笑って言った。


「望愛は興味がない事は」
「変な期待も、過剰な緊張もしないでしょ?」

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