鈴村君の裏の顔
「それは……そうだけど。」
漫画の世界みたいな話なのに、
現実だということがじわじわ伝わってくる。
「無理なら断ってもいいの。」
「でも、望愛にお願いしたいの。」
少しの沈黙が部屋の空気を変える。
私は部屋を見回した。
散らかった漫画。
アニメのグッズ。
静かで、平凡な一人の生活。
まさか、こんな展開が来るなんて……
全然想像もしていなかった。
「……少し考えてもいい?」
「もちろん、明日まで待つ。」
「わかった。」
「明日返事するね。」
「それじゃ、望愛おやすみ。」
「お姉ちゃん、おやすみ。」
電話を切ったあと、
私はしばらくその場から動けなかった。
漫画を開いても、
内容が頭に入らない。
っと言うか……
急にジャンル変わりすぎじゃない?
恋愛漫画でも、
ここまで急展開はしないよ?
それでも……
胸の奥で、ほんの少しだけ。
本当に……ほんの少しだけ。
何かが動き出した気がしていた。
*望愛 side*
───翌朝
カーテン越しの光で、
私は重たい瞼を無理やり開いて
目を覚ました。
一人暮らしの部屋は、
朝になると少しだけ広く感じる。
昨夜読みかけの漫画が、
ローテーブルの端に伏せたままになっていた。
……あ、昨夜お姉ちゃんと話した事
夢じゃなかったんだ。
天井を見つめながら、
昨夜のお姉ちゃんとの電話を思い出す。
”MOON”
人気上昇中、男性アイドルグループ。
そのアイドルの寮の家政婦。
ありえない単語が、
まだ頭の中で並んでいる。
ベッドから起き上がり、
キッチンでお湯を沸かす。
インスタントコーヒーを
マグカップに丁寧に入れて、湯気を眺める。
落ち着け、私……。
漫画なら、ここで主人公は
”新しい世界へ踏み出す覚悟”
を決める場面だ。
……でも私は、特別な主人公じゃない。
ただの平凡な大学生で
趣味は漫画とアニメ。
それに加え芸能人には興味なし。
それでも……
断ったら、たぶん何も変わらない。
いつもの授業を淡々と受け、
いつもの帰り道、いつもの夜。
それが悪いわけじゃない。
だけど……
ちょっとくらい、
現実が非日常に触れてもいいのかも
と思ってしまう自分もいる。
マグカップを両手で包み込み、
小さく息を吐く。
「……やってみようかな。」
誰もいない部屋で、そう呟いた。
そう決意をした私の行動は、
早かった。
すぐさま、
姉にメッセージを送る。
《少しの間なら、手伝うよ》
送信した瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。
決意というより、
ページをめくった感覚に近かったの
かもしれない。
私は、その後大学に行く準備を
いつものように行った。
──数日後の土曜日
自宅の玄関前で、私は立ち止まった。
ドアノブに手をかけたまま、
なぜか動けない。
いつもなら……
何も考えずに出られるはずの場所なのに。
……落ち着け……私。
一人暮らしを始めてから、
誰かの目を気にして外に出る
ことなんてなかったのに……。
でも今日は違う。
男性アイドルの寮……。
その言葉だけで、頭の中が少しざわつく。
バッグの中を、もう一度確認する。
エプロン。
メモ帳。
ボールペン。
ハンカチ。
……うん、変なものは入ってない。
……いや。