鈴村君の裏の顔
待って……

もしカバンの中に、
漫画入ってたらどうしよう。

慌ててもう一度バッグを開ける。
昨日の夜に読んでいた単行本は、
ちゃんと机の上に置いたはず。

よし、大丈夫。

でも、なぜか安心しきれない。

家政婦って、
どんな振る舞いが正解なんだろ……。


……敬語?
でも距離ありすぎるのも変?
……笑顔?
でも、ヘラヘラしててウザがれない?
……無表情?
いやいや!逆に愛想悪すぎでしょ。

いやむしろ、無表情は怖いよ。

玄関の鏡で、自分の顔をちらっと見る。

……普通だよね?


派手でもないし、
地味すぎるわけでもない。
芸能人の寮に行く人の顔、
ではないけど。

そもそも、
今更だけど……
私が行っていい場所なのかな?

歩き出してからも、思考は止まらない。

駅までの道。
いつも通るコンビニ。
いつも見る信号。

なのに、今日は全部が少しだけ違って見える。


もし……
キラキラオーラが凄すぎたらどうしよう。

想像してみる……

玄関を開けた瞬間、
スローモーションで登場する美形たち。
背後で謎に風が吹く。

……いや、アニメの見すぎだって(笑)

現実だ。
生活の場だ。
洗濯物も、食器も、絶対ある。

でも、もし洗濯機が業務用だったら?

いや、普通の家庭用だよね……?

自分で考えて、自分で混乱する。

それより……
話しかけられたらどうしよう。

”よろしくお願いします”
”ありがとうございます”

って言うのは良いよね?

それくらいなら大丈夫だよね。

あっ……
もし……趣味とか聞かれたら?

”漫画とアニメです”
って言っていいのかな。

……変に思われないよね?

アイドルの前で、
”作画が神で”とか
”原作改変が”とか
言ってしまわないだろうか。

いや、絶対言う……。
私の性格状況から、漫画とアニメの
話しになったら止まらなくなる。

想像しただけで、頭を抱えたくなる。

ちょっと落ち着いて。
私は仕事をしに行く……

推し活でもない。
観察でもない。
世界観に浸る場所でもない。


歩きながら、ふと親友の顔が浮かぶ。


由佳が知ったら、
絶対泣くだろうな……
色んな意味で(笑)。

「なんで望愛なの!?」
「羨ましすぎるんですけど!」
「代わって!!」

そんな声が、はっきり聞こえる気がした。

でも、私は本当に興味ないんだよなぁ。

それが逆に不思議だった。

緊張しているのに、
胸が高鳴る感じはない。

怖いけど、嫌じゃない。

これって……

少し考えて、答えが出た。

新しい巻の1話目みたいな感じ。

何が起こるかわからない。
だから、ドキドキしてワクワクしてるの
かもしれない。

電車に乗って5駅のところで降り、
歩いて10分。
目的地が見えてきた。

大きな建物。
落ち着いた外観。

ここが……

深呼吸。

「……よし」

誰に聞かせるわけでもなく、
小さく呟いて、一歩踏み出した。

この先で、
王子様の裏の顔を知ることになるなんて。

この時の私は想像もしてなかった。



望愛 side 終わり
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