鈴村君の裏の顔


――休日

朝の空気は、少し冷たくて澄んでいた。

大学も、家政婦のバイトも休み。

珍しく何も予定に追われない日。

私は駅前の時計を見上げた。


9時00分。


ちょっと早く来すぎたかな?

由佳との待ち合わせは9時半。

スマホを握りしめながら、
改札前で立っていると、
周囲のざわめきがやけに大きく聞こえる。

私は由佳に”待ってるね”とLINEを入れた。

9時半。

9時35分。

9時50分

既読はつかない。


寝坊……?
それとも……何かあったとか?
由佳が理由なく遅刻なんて
今までないから心配だよ……。

電話してみようかな……
私は、バッグからスマホを手に取る。
するとすぐにスマホが震えた。


「由佳?」
「ちょっと、大丈夫なの?」


電話に出ると、
向こうの声は明らかに焦っていた。


《望愛、ごめん……!》
《おじいちゃんが倒れたって》
《さっきお母さんから連絡きて、》
《急いで実家帰ることになって……》


「えっ……それめちゃくちゃ」
「心配なんだけど。」


《命に別状はないみたい。》
《でも今日は無理、本当にごめん。》


「こっちの事は気にしないで。」
「気をつけて実家帰ってね。」


《望愛、ありがとう。》
《また、連絡するね。》


通話が切れる。

通話が切れたのと同時に冬の
始まりらしい冷たい風が
マフラーの隙間から入り込む。

私は……
バッグの中の映画チケットにそっと触れた。

MOONの主演の恋愛映画。

由佳が何度も何度も
“優希君かっこいいから絶対観よ”
って言っていたやつ。


……どうしよ。

家に帰る?

でも、せっかく来たし。

チケットも、もったいない。

それに――少しだけ、気になっていた。

優希君がどんな演技をするのか。

「……観よっか」

そう自然に口に出していた。

映画まではまだ時間がある。

私は、由佳と行く予定だった
ショッピング街に足を向けた。

ショップ街は朝の光がガラスに
反射してきらきらしている。

今は11月下旬なのに
洋服のお店はもう、
春物の可愛い洋服が店内に
並べられている。


春物のワンピース。

アイボリー色のカーディガン。

手に取って鏡に合わせてみる。

こういうの、似合うのかな……。

私はふと、
ミントグリーンのワンピースが目に留まる。

柔らかい生地。

ウエストのリボンが可愛いなぁ……。

試着室で試着してみると、
いつもより少し大人びて見えた
自分の姿が鏡に映し出されていた。


……似合う、かな?

昨日の隼人の言葉がふとよぎる。

“お前のことちゃんと見てんのは俺だからな”

私……何思い出してるの!


小さく首を振りながら、
結局、店員さんにもススメられ
ミントグリーンのワンピースを購入した。



ショッパーを提げて、次は本屋へ。

映画までまだ時間がある。

新刊コーナーで試し読み用の漫画を手に取り、
ページをめくる。


静かな紙の匂い。
この匂いが一番好き。

私が、幸せな一時を満喫している
その時……


「……望愛ちゃ……ん?」

優しい声で話しかけてくる
聞き覚えのある声。

振り返ると……
黒色のシンプルなキャップを被り
黒色のマスクを付け、
リラックス感のあるブラウンの
コートにデニムパンツを合わせた、
冬のきれいめカジュアルを着こなした、
男性が立っていた。

その男性の目……



「……優希君?」

マスク越しでも分かる、
あの柔らかな目元。


「正解!」


少し照れたように笑う。

「なんでここに!?」
「きょ、今日はお仕事ではないんですか?」

ってか……優希君……
変装してても目立ってる……。


通り過ぎる女性達が優希君を横流しで
見ながら通り過ぎる。
MOONの優希とはバレてはないけど
オーラがダダ漏れなんだよね…。


優希君は一瞬目を細めた。


「今日はオフ。」
「普通に買い物しにきたんだよ。」


そして俺は少し首を傾げる。

「望愛ちゃんは?」

事情を説明する望愛。

さっきから自然と敬語になっている。


「それで、映画を一人で観ようかと……」


俺はじっと望愛ちゃんを見つめたあと、
軽くため息をつく。


「ねえ……」

望愛ちゃんに一歩近づく。

「プライベートの時は」
「タメ口って約束でしょ?」


「……あっ。」


「敬語、禁止ね。」


少しだけ意地悪そうな目で
優希君は言う。
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