鈴村君の裏の顔

第5話 仕事と恋の境界線



━━━2日前。

12月、第一水曜日。

冬の空は、すっかり夕方の色をしていた。

大学の授業を終え、
私はいつものように電車に乗り、
MOONの寮へ向かう。

この家政婦のバイトを始めて、
今日でちょうど2ヶ月。

最初は緊張しかなかったこの道も、
今では自然に足が動くようになっていた。

……早いなぁ。

バッグの中で、エプロンが小さく揺れる。


私は、この間寮の鍵を森下君から
渡された。

”三上さん、鍵ないと不便な事もあるから”
”渡しておくね。”

なんだか、信用されてる感じで嬉しく
私は受けとった。
絶対無くさないようにしないと。

鍵を開けて中に入ると、
リビングから男の人たちの声が聞こえた。

隼人
「望愛、おかえり」

一番最初に視界に入ったのは、隼人。

ソファに腰掛け、スマホをいじりながら、
いつもの俺様っぽい視線を向けてくる。

優希
「おかえり、望愛。」

続いて優希。

柔らかく微笑んで、
自然に名前を呼ぶその声に、
胸が少しだけ跳ねた。

なんだか、家族みたいでほっこりする。

隆二
「おつかれー」

キッチン側から、宮部君が手を振る。

……そして。

望愛
「……あれ?」

その奥に、見知らぬ男性が立っていた。

スーツ姿で、落ち着いた雰囲気。
年齢は30代前半くらいだろうか。
モデルの人みたいにスラッとしていた。


石田
「初めまして。」

男性は一歩前に出て、
軽く会釈をした。

石田
「MOONのマネージャーを」
「している、石田響也です」

望愛
「あ……三上望愛です。」
「私、怪しい者ではなく……」


少し緊張して頭を下げると、
石田さんは穏やかに笑った。


「社長……君のお姉さんから」
「話は聞いてるよ。」
「いつもありがとう。」
「助かってます。」

その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。


よかった……お姉ちゃん、
ちゃんと話してくれてたんだ。
怪しい人に思われなくて良かった……。


私が、マネージャーの石田さんとの
ご挨拶が終わった後、
隼人君はソファに座ったまま、
腕を組んでこちらを見ていた。

その視線が、
なぜか少しだけ強い。

望愛
「……じゃ、仕事始めますね。」

そう言うと、
私はエプロンをつけて動き出した。




まずは洗濯物。

夜になる前に回しておかないと、
乾きが悪くなる。

洗濯機を回し終え、
私は部屋干し用のラックを広げた。

洗い立てのシャツやタオルを、
一枚一枚、丁寧にハンガーへかけていく。

室内に、
柔軟剤のやさしいフラワーの
香りが広がった。

この匂い、落ち着く……

そう思いながら、
最後の一枚を干そうと腕を伸ばした、
その時。

背後に、
ふっと気配を感じた。


「……望愛。」

ハッキリとした声が聞こえ

振り向く間もなく、
すぐ近くにいると分かる距離。


「え……?」




次の瞬間、
指先が、私の後ろで結んだ髪に触れた。


「ひゃっ!!///」


一瞬、息も時間も止まった感覚に
なる。


「今日、髪巻いてないんだな。」


耳元で、囁くような声。
耳元で囁かれるたびに、
私の後ろ耳が赤くなるのが分かった。
ヤダ……こんなのおかしい……。



「この髪型も似合うのな。」

軽く、結び目をなぞるみたいに。
ほどけない程度に、
でも確実に“触れてる”距離。

……ち、近い

心臓が、急に忙しくなる。



「ちょっ……ちょっと!」
「はっ隼人君……!」


思わず声を上げると、
隼人君は楽しそうに息を吐いた。


「なに。呼んだ?」


「……あの、近いです。」


「そう?」

全然引く気配がない。


「仕事してる顔も、」
「案外悪くねぇな。」


「……!」
「なっ……何言ってるんですか!」


私は足を一歩引いて距離を空けた。

「敬語、やめろよ。」


隼人君がお構いなしに言う。


「タメ口で話せよ。約束だろ?」

その言い方は、
どこか強引で、でもどこか
試すみたいでもあった。

私は一瞬だけ言葉に詰まって、
でも、すぐに顔を上げる。

「そっ……それは、」
「プライベートの時だけです。」


「なんだよそれ……。」


「今は仕事中なので……。」


はっきり、線を引く。
流されちゃったら駄目。


隼人君は、一瞬だけ目を見開いた。

それから、
ゆっくりと口角を上げる。

「……へぇ」

面白そうに。

「ちゃんと区別してんのか。」

少しだけ、
悔しそうにも見えた。


「そうですよ。」
「隼人君も分かってください。」
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