鈴村君の裏の顔
ふぅ……疲れた。
でも、嫌な疲れじゃない。
胸の奥が、じんわりと温かい。
なんだか、達成感が身体から
伝わる。
靴を脱いで、
リビングに向かったところで……
スマホが震えた。
画面を見ると、
表示された名前。
……お姉ちゃん?
通話をタップする。
《お疲れ、望愛。》
「お姉ちゃん!」
「今日、急すぎだよ!」
聞き慣れた、姉の声。
《ごめんごめん(笑)。》
《でも、望愛ならきちんと》
《仕事してくれると思ってね!》
「信頼してくれてるのは」
「嬉しいけどね。」
《っで、どうだった?》
《今日のお手伝い。》
お姉ちゃんからの質問に、
少し考えてから望私は答える。
「……大変だったけど、」
「凄かったし、楽しかった。」
《凄かった?》
「うん。みんな、」
「本当にプロで……空気が一瞬で変わるの。」
私は言葉にしながら、思い出す。
撮影用の衣装に着替えた瞬間の、
隼人君達の表情。
カメラの前に立った時の、
みんなの圧倒的な存在感。
「私、 場違いかなって」
「思っちゃった。」
そう呟くと……
《でも、望愛は》
《ちゃんと役に立ってたんでしょ?》
お姉ちゃんの声は、
雲に包まれてるみたいに優しかった。
「……うん。」
《だったらそれでいいの。》
《今日は時給も上乗せしとくから。》
「ありがとうお姉ちゃん。」
《ところで望愛。》
《今日、現場の雰囲気を見て》
《どう、思った?》
《嫌じゃなかった?》
「嫌じゃないよ。」
「むしろ、ちょっと楽しかったかも。」
その答えを待っていたかのように、
姉は小さく笑う。
《そっか!》
《じゃあさ……》
《これからも、“色々”手伝ってね。》
「……色々?」
《家政婦だけじゃなくて、》
《裏方とか、現場のサポートとか》
《まぁ、それは”色々”ね。》
冗談めかした口調なのに、
どこか含みのある言い方。
私は、そこまで深く考えず、
素直に答えた。
「うん、いいよ。」
《ありがとう望愛!》
《これで、やっと私の夢が叶うわ。》
その一言に、
私は思わず小さく笑ってしまった。
「もう、また大げさなんだから。」
《大げさじゃないわよ。》
電話の向こうで、
お姉ちゃんは少しだけ声を和らげる。
《……昔から、》
《望愛には色んな可能性があるって》
《私は思ってたから。》
その言葉に、
胸の奥が、ほんの少しだけくすぐったくなる。
「私は、ただ手伝っただけだよ?」
《それでいいの。》
《無理に前に出なくていい》
《望愛が、望愛のペースで》
《できる事をしてくれれば。》
そう言われて、
私は安心したように息を吐く。
……やっぱり、こーゆところが
お姉ちゃんだ。
《ま、今日はゆっくり休みなさい》
《疲れたでしょ。》
「うん。ありがとう、お姉ちゃん。」
《また連絡するわ》
《おやすみ、望愛。》
「おやすみ。」
通話が切れ、
静かになったリビング。
私はソファに座り込み、
スマホを胸に抱えた。
……お姉ちゃんの夢……か。
なんだろうなぁ。
そー言えば昔から、
お姉ちゃんはよく言っていた。
”望愛は、人を惹きつける力がある”
表に出たら、きっと輝く”
でも私は、
その言葉を本気にしたことはなかった。
そもそも芸能界なんて、
自分とは遠い世界で興味もなかった。
だけど……
今日、あの現場に立って。
空気が変わる瞬間を見て。
隼人君達の、
仕事の顔を間近で感じて。
……少しだけ、この世界も
楽しそうだなぁっと思った。
そう思った事は紛れもない事実だった。
でも、それ以上にはならない。
私はただの家政婦で、
裏方のお手伝いしただけ。
少し運が良かっただけ。
そう思いながら、目を閉じる。
胸の奥に残る、温かい余韻。
それはまだ、
夢とも、恋とも、
名前を持たない感情。
けれど――
確実に、
何かが動き始めている気がした。
知らないうちに、誰かの夢の中に
足を踏み入れていることにも
気づかないまま。
第5話 仕事と恋の境界線
終わり