鈴村君の裏の顔
隼人君だった。
隼人君の話しによると……
テラスでコーヒーを飲んでいた隼人君は、
しつこく追いかけられている私に気付き、
咄嗟に、私を引き寄せる行動を取っていた
と言う流れだった。
背中から包み込まれて、
心臓が――うるさく鳴る。
「……大丈夫か。」
マスク越しでも分かる、真剣な声。
「あっ、うん大丈夫。」
「ありがとう。」
「助かったよ。」
「アイツ誰?」
「なんか……俺、」
「どっかで見たことあんだけど。」
そう言って、隼人君は私の手首を離さない。
その手は、さっきまでの必死な力とは違って、
今は、優しく、でも逃がさないように。
私は、今日の出来事を、
息を整えながら説明する。
昼休憩のカフェの出来事。
講義で隣に座られた事。
しつこく絡まれた事。
追いかけられた事。
話を聞くほどに、
隼人君の腕に、少しずつ力がこもる。
「……そうか。」
低く、短く隼人君は言う。
そして、私の頭に、そっと顎を乗せる。
「怖かったな。」
たったそれだけなのに、
胸の奥が、じんわり熱くなる。
隼人君が喋る度に、
私の頭から隼人君の声音が全身に響く。
「俺が来ててよかった。」
耳元で囁かれて、
心臓が、また跳ねた。
……なんで、
こんなに安心するんだろ。
アイドルってこんな感じなの?
みんなにファンサする時も
こんな感じなのかな……。
そう思うと、チクリと胸が痛む。
ホント……なんなのこの感情……。
こんなの初めてだよ……。
隼人君は、私を包み込んだまま、
花壇の影からそっと様子をうかがう。
「望愛、アイツ……」
「もう行った。」
そう言って、
私を離す……けど。
離れたはずなのに、
隼人君の手は、まだ私の手首に触れていた。
「……迎えに来て正解だったな。」
極甘な声で、そう言われて……
私は、自分の顔が一気に
熱くなっていることを隠すのにいっぱい
いっぱいだった。
*隼人side*
ドラマの撮影が終わったのは、
予定より少し早かった。
「……OKです、以上で!」
監督の声が響いた瞬間、
胸の奥で小さく息をつく。
今日のドラマの役は“主人公の彼氏役”。
笑顔の角度も、声のトーンも、視線の流し方も、
すべて計算通り。
――なのに。
控室に戻ってスマホを手に取った瞬間、
頭に浮かんだのは、ひとつだけだった。
望愛……。
……自分でも、笑えるくらいだ。
仕事が終わったら、真っ先に考える相手が、
恋人でも、昔からの仲間でもなく、
“家政婦”として出会った女の子だなんて。
俺は少し前の休憩中、
望愛にLINEを送っていた。
もう、撮影が今日早く終わるのが
分かっていたから、
迎えに行って望愛と夜飯を食う気満々で。
大学何時頃に終わるか知りたかった。
迎えに行くとLINEを送ると……
望愛からシンプルに断りの返事がくる。
クソッ──!
なんなんだよアイツ……。
俺に対する最近の望愛の態度みてたら、
俺に満更でもない感じがすると
思ってたのに……。
俺の勘違い……なのか?
でもそんなの関係ない。
大学が終わる時間が分かると俺はすぐに
望愛と行きたい店に予約もしていた。
「さて……迎え、行くか。」
望愛に会って、質問された時の
口実を考える。
”予定より早く終わったからだ。”
”大学の近くでたまたまドラマの”
”撮影だったから……”
理由なんて、後付けだった。
ただそれだけの事だ。
そう言い聞かせて、
俺はマスクと黒縁メガネをかけ、
現場を後にした。
大学に向かう道中。
学生たちの笑い声。
部活帰りの集団。
少し冷たい夕方の風。
……全部、どこか遠く感じる。
俺の意識は、
望愛、もうすぐ講義が終わる頃だな……
そんなことばかり考えていた。
予定より少し早く大学に着いて、
カフェテラスの端の席に座る。
望愛にカフェテラスで待ってると
LINEを送ってからコーヒーを頼んで、
一口飲む。
苦い……。
……前は、ブラックなんて飲まなかったのに。
「……俺も変わったな。」
ぼそっと呟きながら、
望愛を待つこと20分。
もう講義が終わった頃だろう自然と視線は、
キャンパス内を行き交う人の中を探していた。
――その時。
視界の端で、
走っている影が見えた。
一人じゃない。
……追いかけてる、男。
そして、追われているのは……
……望愛!?
一瞬で、血の気が引いた。
望愛が必死な顔で肩で息をして、
何度も後ろを振り返りながら走る姿。
あれは、冗談や遊びじゃない……
望愛が完全に嫌がってる顔だ。
本能が、先に動いた。
コーヒーを置き、
椅子を蹴るように立ち上がる。