鈴村君の裏の顔
「えっ……?」
えっ……隼人君、怒って……る?
私、何かしでかした?
「優希、優希って……」
俺の声が、明らかに感情を帯びる。
「俺の前で、優希の事ばっか呼ぶな!」
クソ……もう感情的になってしまった俺は
プツンと理性が壊れかけた。
次の瞬間……
隼人君の手が、私の腰に回される。
「ひゃっ///!!」
えっ……えええ!!!
突然の事で全然状況が掴めない、
理解もできない。
その上、変な声でちゃうし……。
だけど、隼人君はそんなの関係なく……
私は強く引き寄せられ、
距離が一気にゼロになる。
もう一方の手で顎をすくい上げられ、
視線が絡む。
「っつ……!!!」
近すぎて……息ができない!!
キスされる、そう思った瞬間……
隼人君は、ギリギリで止まった。
俺は呼吸を乱しながら、
低く、押し殺すように言う。
「……お前の口から、」
「優希の名前出るの」
「ムカつくんだけど……。」

私は、何も言えなかった。
驚きと戸惑いと、
初めて向けられる隼人君の剥き出しの
感情に、身体の力が抜ける。
足がもつれ、そのまま……
崩れ落ちる。
すぐに、隼人君が支えてくれる。
「望愛……ごめん。」
さっきとは違う、極端に優しい声。
耳元で、囁く。
ずるい……そんな声で言われたら
怒れないじゃん……。
「今のは……ただの嫉妬。」
その一言が、胸に深く落ちる。
俺は望愛をそっと立たせ、距離を取る。
さっきまでの熱が嘘みたいに、
表情は落ち着いていた。
「じゃ、またな。」
それだけ言って、背を向ける。
振り返らず、そのまま夜の道へ消えていく。
*望愛side*
一人になったマンション前。
夜風が、さっきまで触れていた
隼人君の温度を連れ去っていく。
隼人君の背中が、
マンションの反対側の明かりと一緒に
遠のいて行く。
それを、
私はしばらく動けずに見送っていた。
夜風が、火照った頬に触れても、
胸の奥のざわめきは一向に治まらない。
腰に回された腕の感触も、
顎を持ち上げられた指の温度も、
まるで残像みたいに、まだ身体に残っていた。
「……嫉妬……って。」
ぽつりと零れた自分の声が、
思ったより震えていて、
私は驚いたように唇を噛む。
優希君の名前を呼んだだけ。
それだけで……
あんな顔をするなんて思わなかった。
強引で、怖くて、でも……
最後に囁かれた声は、驚くほど極甘だった。
”正直、ムカつくんだけど”
あの言葉の裏に滲んでいた感情を思い出して、
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
嫌だったはずなのに……
怖かったはずなのに……
どうしてか、心のどこかで
“拒みきれなかった”自分がいることに、
私は気付いてしまった。
マンションのエントランスに入る前に
もう一度だけ……
さっきまで隼人が立っていた方向を見る。
もちろん、そこに彼の姿はない。
それなのに……
「……隼人君。」
名前を呼んだ瞬間、
胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。
今日は、たった一日で
自分の中の何かが、
確実に変わってしまった気がする。
この先、
彼と、優希君と、そして自分が
どんな距離になっていくのかは、
まだ分からない。
けれど……
私はそっと胸に手を当てて、深く息を吸った。
この鼓動だけは、
嘘じゃないと、はっきり分かっていた。
エントランスの扉が静かにが閉まる。
私は極甘な隼人君の想いを抱えて帰宅した。
望愛 side 終わり