鈴村君の裏の顔

*隼人side*

マンションを背にして歩き出しても、
胸の奥に残った熱は、
簡単には引いてはくれなかった。

夜風は冷たいはずなのに、
身体の内側だけが、異様に熱を帯びている。

理由は分かっている。
分かっているからこそ、
余計に厄介だった。


ポケットに手を入れると、
無意識に指先が何かを探すように動く。
さっきまで触れていたあの腰の感触。
細くて、驚くほど軽くて、
それでも確かに生きている温度。

やばすぎるだろ……俺。

思い出すなよ……。


そう自分に言い聞かせても脳裏には、
望愛の表情が何度も浮かび上がる。



強く引き寄せた瞬間の、あの小さな息。
視線が絡んだときの、
戸惑いと驚きが混じった瞳。
あと数センチで、触れていたはずの距離。


電車に揺られながら、
俺は窓に映った自分の顔を見た。

いつもの、作った表情じゃない。
余裕も計算もない、
感情がそのまま浮き出た顔。


……最悪だな。

心で小さく吐き捨てる。

優希の名前……望愛の口から、
あたりまえみたいに出てきたその名前。


頭では理解している。
お試しで付き合ってる事も……
望愛が優希の事信頼している存在だということも。

それでも……

胸の奥に走った、あの不快感は、
どう言い繕っても消えてくれなかった。

――正直、ムカつく。

あの言葉は……
強がりでも、冗談でもなかった。


自分の中に確かにある、
認めたくない感情が、
抑えきれずに漏れ出ただけだ。


電車を降り、
MOONの寮へ向かう道を歩く。

高い塀に囲まれた一軒家の建物。
外からは中の様子が見えない、
守られているはずの場所。


それなのに……
今の俺には、どこか息苦しく感じられた。


玄関を抜けて廊下を歩くたびに、
足音がやけに響く。

まだ、メンバーは帰ってきてない。

自分の部屋に入ると、
灯りのない空間が迎えた。

コートを脱ぎ、
デスクの椅子に腰を下ろす。

静かだ……
あまりにも静かで、
さっきまでの出来事が、
夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。

けれど……

腰に回した腕の感覚だけは、
やけに鮮明だった。

「……危なかった。」

低く呟く。


あそこで止まれなかったら、
自分が何をしたのか、
想像するのは簡単だった。


芸能人としての立場。
同じ仕事をする仲間たち。
そして、優希との関係。

全部分かっている。
分かっているからこそ、
止まらなければいけなかった。

それでも……

止めたのは“正解”だったはずなのに、
胸に残ったのは……
安堵よりも、強烈な未練だった。

俺はベッドに倒れ込み、腕で目元を覆う。

瞼を閉じても、
望愛の顔が、勝手に浮かび上がってくる。

驚いた顔。
赤く染まった頬。
何か言いたそうに、
唇をわずかに開いたままの表情。

――あのまま、触れていたら……

思考がそこまで行って、
隼人は小さく息を吐く。

「……ほんと、厄介だ。」

誰に向けた言葉か、自分でも分からない。

望愛が、じゃない。
優希が、でもない。

一番厄介なのは、
自分の感情が、
もう誤魔化せなくなっていることだった。

今までは、
全部コントロールできていたはずだ。

仕事も、表情も、距離感も。
誰にも踏み込ませず、
誰の領域にも踏み込まない。

そうやって、うまくやってきた。

なのに……どうして……

たった一人の存在が、
そのバランスを簡単に崩していく。

天井を見つめながら、
隼人はゆっくりと目を閉じた。

この夜は、
きっと簡単には終わらない。

心の奥に残った熱も、
名前を呼ばれたときの痛みも、
すべて抱えたまま。

明日になっても、
消えていないことだけは、はっきり分かっていた。


この感情が..……
どこへ向かうのか分からないまま。

俺は……
静かな寮の一室で、眠りに落ちていく。




隼人side 終わり

第7話 隼人君が極甘すぎる! 終わり
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