鈴村君の裏の顔
第8話 クリスマスパーティ
*望愛 side*
大学のキャンパスを吹き抜ける風が、
いつもよりすごく冷たく感じた。
今日……雪降りそう……。
あぁ……もう冬休みなんだ。
掲示板に貼られた休講の
お知らせを眺めながら、
私はゆっくり息を吐く。
講義に追われていた日々が、
ふっと終わった感覚。
それと同時に……
どうしても思い出してしまうのは、
昨日の夜のことだった。
隼人君との距離が、近すぎたあの時間。
声も、視線も、触れ方も……全部が極甘くて、
少し危険で……
こんなにも胸の奥が、
今もじんわり熱を持っている。
……ダメだ、仕事に集中しなきゃ!
気持ちを切り替えて、
私は午後からMOONの寮へ向かった。
玄関を開けると、
いつもなら誰かしらいるはずの気配がない。
「……あれ?」
リビングを覗くと、
ソファに座ってスマホを見ていたのは
優希君だけだった。
な……なんだろ……緊張する。
昨日の事……優希君に詳しく説明しないと
と思うとめちゃくちゃ緊張してしまうよ。
「あ、望愛お疲れー。」
「お疲れさまです。」
「今日は……優希さんだけですか?」
「うん。他のメンバーはもう仕事。」
「俺は夜18時に出て、20時からラジオ。」
時計を見る。
確かに、今からしばらくは……二人きり。
少しだけ、空気が変わるのを感じた。
洗濯物を畳みながら、
私は無意識に言ってしまっていた。
「……優希さん、」
「こちらの洗剤で大丈夫でしたか?」
言った瞬間、自分でも少し違和感を覚える。
……あれ、今……敬語?
って言うか私……今日ここに来てから
もしかしてずっと敬語で話してる?
優希君は一瞬だけ
目を瞬かせてから、私を見る。
「……望愛。」
「は、はい!」
「なんで敬語?」
その一言に、心臓がドクンと鳴った。
「え……あ……」
指先がぎゅっとタオルの布を掴む。
言われてみて、初めてはっきり自覚する。
「……すみません。つい……」
「それにさ……」
「今じゃなくて今日ずっと敬語だし、」
優希は少しだけ距離を詰めて、
苦笑する。
「急に“優希さん”って呼ばれると、」
「変な感じするんだけど。」
「……っ」
空気が、一瞬止まる。
「あ、ご、ごめん……!」
慌てて顔を上げて、私は首を振った。
「ゆ、優希。洗剤、これでいい?」
声を少し低くして、意識してフランクに。
「うん、それで大丈夫。」
優希は、ほっとしたように微笑んだ。
「ルールで決めたやつは守ってね。」
その言葉と笑顔に、胸の奥が小さく揺れる。
洗濯物を一通り畳終えた頃、
優希君がキッチンカウンターにもたれながら、
ぽつりと切り出す。
「ねえ、望愛。」
「はい?」
「昨日のこと……」
「ちゃんと聞いてもいい?」
一瞬、心臓が跳ねた。
「昨日って……」
「隼人と一緒だったでしょ。どんなことがあったのか」
優希君の声は穏やかで、責める色はない。
それが逆に、正直に話したくさせた。
と言うか話す事は決めていたけど
どう切り出したら良いか悶々としていたから
正直、優希君から聞いてくれて助かった。
「えっと、昨日は...」
「……大学で、YAMATO君に出会って...」
そこから私は、
ゆっくりと言葉を選びながら話した。
講義前、隼人君からLINEで迎えに大学まで行く
って言われた事。
講義前YAMATO君に絡まれた事。
講義後にYAMATO君に追いかけられたこと。
そこへ隼人君が迎えに来て、助けてくれたこと。
イタリア料理をご馳走になったこと。
マンションまで送ってもらったこと。
そして...キスされそうになった、
あの瞬間の出来事は
胸の奥にしまい込んだままにしてしまった。
「……そんなことがあったんだ。」
優希君は静かに聞き終えると、少しだけ眉を下げた。
「隼人、ちゃんと守ってくれたんだな。」
「……うん。」
「それなら、よかった。」
その一言に、なぜか少し胸が締め付けられた。
その時の優希君の顔がどうしても見れなかった。
望愛 side 終わり
━━12月24日クリスマス・イヴ
例年なら、親友の由佳と
二日間一緒に過ごしていたクリスマス。
でも今年は、由佳に彼氏ができた。
24日は彼氏とデートするらしい。
”望愛、25日は空いてるから、”
”スイーツバイキング行こうね!”
そう約束して、
イヴの24日は——私ひとり。
MOONは夕方から生放送の音楽番組がある。
そのため、私は朝から昼までは
寮で家政婦の仕事をしていた。
そんな中、食器の洗い物が終わり
一段落着いたすぐ……
「望愛!」
背後から呼ばれて、
振り向くと優希君が立っていた。
「俺の部屋、来て!」
「え……?」
言うより早く、手首を掴まれる。
強くはないけれど、迷いのない力。
優希君の言葉をリビングでくつろいでいた、
森下君、宮部君がこちらを見ていた。
隼人...君はもう、既に自室に戻っていて、
リビングには居なかった。
私の心がまたしゅんと萎んでしまった。
そしてそのまま、優希君の部屋へ……
ドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
「望愛?」
「俺……お試しの彼氏だけどさ」
優希は少し照れたように、
でも真剣な目で言う。
「望愛に喜んでほしくて……」
「俺からの、クリスマスプレゼント。」
差し出された小さな箱。
「開けてみて。」
優希君から差し出された小さな箱を、
私は両手で受け取った。
ゆっくりと蓋を開けると、
中には繊細に光るネックレス。
思わず息を呑んでしまうほど、綺麗で。
「……すごい……」
「綺麗……。」
私を見て、優希君は少し照れたように笑う。
「喜んでもらえたならよかった。」
その瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
——あ。
気づいた途端、視線が泳ぐ。
「……ね、ねえ」
「ん?」
私はネックレスの箱を持ったまま、
小さく声を落とした。
「私……優希のプレゼント、」
「用意できてない……。」
言い終わる前から、
申し訳なさで胸がいっぱいになる。
「……何も考えてなくて……」
「ごめん。」
優希君は一瞬きょとんとしたあと、
ふっと力を抜いたように笑った。
「そんな顔しなくていいって。」
軽く肩をすくめて、優しい声で続ける。
「これは俺があげたかっただけだから。」
その言い方が、余計に胸に響く。
——対等じゃないみたいで。
——もらってばかりな気がして。
私はネックレスを握りしめたまま、
言葉を探した。
そうこしてるうちに……
優希君は、私の手からそっと
ネックレスの箱を取った。
「ほら、貸して……。」
そう言って、箱からネックレスを取り出すと、
私の背後に回る。
「……動かないでね。」
低く、落ち着いた声。
言われなくても、体が強張って動けない。
首元に、ひんやりとした感触。
チェーンが肌に触れた瞬間、
息が詰まる。
カチッ。
小さな音がして、ネックレスが留められた。
「……似合うよ望愛。」
その一言が、胸の奥にすっと落ちてきた。
「……ありがとう。」
絞り出すように言うと、
優希は私の横に回り込み、
少しだけ距離を詰める。
視線が、自然と絡む。
その時。
優希の視線が、私の首元に落ちた。
——さっきより、近い。
「……」
一瞬、言葉を失ったような間。
次の瞬間、優希は無意識みたいに、
私の首筋へと顔を近づけた。
軽く……
本当に、触れるだけ。
「……っ///!!」
びっくりして、思わず肩が跳ねる。
優希君はすぐに離れて、
少し困ったように笑った。
「……お試しの彼氏だけどさ、」
冗談めかした声なのに、目は真剣で。
「これくらいは、許して。」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。
……お試し。
分かってる。
最初から、そういう約束だった。
なのに……。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
頭の中に、ふいに浮かぶ顔……。
大学のカフェテラスで。
真っ直ぐな視線で。
少し強引で、でも不器用で。
……隼人君。
「……」
何も言えない私を見て、
優希は一歩引いた。
「ごめん。嫌だったら……」
「……ううん」
私は首を振る。
「嫌、じゃない……」
本心だった。
でも、同時に。
胸の奥に、別の誰かの存在が、
確かにあった。
優希君はそれ以上何も言わず、
いつもの軽い調子に戻る。
「よし、じゃあさ、」
くるっと向きを変えて、リビングの方を指さす。
「……うん?」
優希君は、
少しだけ視線を逸らしてから言った。
「……そろそろ戻ろ。」
私が首をかしげると、優希は苦笑する。
「このまま俺らがリビング戻るの」
「遅くなったらさみんな絶対、」
「冷やかしに来るだろ?」
その言葉に、胸がどきっとする。
確かに……想像できる。
「……そうだね。」
私は小さく頷いた。
優希君はそれ以上何も言わず、
先に歩き出す。
私は、首元のネックレスが見えないよう、
無意識にトップスの前を押さえながら後を追った。
リビングに戻ると、
ちょうど準備を終えたメンバーたちが揃っていた。
翔太
「お、やっと戻ってきた!」
翔太がニヤニヤしながら言う。
翔太
「遅くない? 二人で何してたの?」
優希
「何も……。」
俺は即答する……勘づかれないように。
優希
「普通に話してただけ。」
翔太
「はいはい(笑)」
翔太君は信じてない顔をしつつ、
私の方を見る。
何もかもお見通しですよみたいな
顔して私に微笑んでいた。
その時……
隼人君の視線が、
ふっと私の首元に落ちた。
一瞬だけ、ほんの一瞬だった。
でも……確実に、気付いたと思う。
隼人君の視線が、止まる。
隼人
「……」
何も言わないのに、
空気が少し変わったのが分かる。
俺は……
ゆっくりと望愛から視線を外し、
優希を見る。
「……それ。」
短く、それだけ言った。