幼なじみの偏差値60の不良くんは今日も柔軟剤の匂いがする

ぎこちない君

「…………お、お前、……何やってんだよ」
​数秒、いやもっと長く感じた。
完璧にフリーズしていた楓吏が、ようやくぎこちなく声を出す。
腕をほどいて彼がゆっくりと振り返った瞬間、私は思わず息を呑んだ。
​「……っ」
​夕暮れのオレンジ色の光のせいじゃない。
楓吏の顔は、耳の先まで真っ赤に染まっていた。
学校では「偏差値60のクールな不良」なんて言われて怖がられている彼が、今はただの、私の知っている幼なじみの顔をして焦っている。
​「1組と5組、遠いんだもん。全然話せなかったじゃん」
私がちょっとだけ唇を尖らせて言うと、彼は片手で顔を覆って、深いため息をついた。
​「……だからって、いきなり背後から飛んでくるやつがあるか。びっくりして心臓止まるかと思っただろ」
「あはは、楓吏でもびっくりすることあるんだ?」
​そう言いながら一歩近づくと、またあの匂いがした。
1年以上の空白なんて、この柔軟剤の匂いを嗅ぐだけで、一瞬で埋まってしまう気がする。
家が近いのに、中1の間ずっと、お互いどう話しかければいいか分からなくて。
家が近いからこそ、気まずくなって一度すれ違えば、修復の仕方が分からなかった。
​「……帰るぞ」
「うん!」
​歩き出した彼の足取りは、心なしかいつもより少しゆっくりだ。
私の極度の方向音痴を知っている彼は、私が隣に並ぶのを待ってくれている。
​「ねえ、中2でも、また一緒に帰ってくれる?」
歩きながら、勇気を出して聞いてみた。
楓吏は前を見たまま、「……お前、一人だとどっか別の県まで歩いて行きそうだもんな」と、ぶっきらぼうに答える。
​「それ、一緒に帰るってこと?」
「……まあ、そう言いたきゃ勝手に言えよ」
​そっぽを向いた彼の横顔が、また少しだけ赤くなったのを私は見逃さなかった。
偏差値60の頭脳を持ってしても、幼なじみからの不意打ちには勝てないらしい。
​「あ、そっちの道じゃないよ!右だってば!」
「……っ、お前、やっぱり俺がいないとダメだな」
​呆れたように、でもどこか嬉しそうに私の腕を引く、大きな手。
昨日、私が飛び付いて壊した、1年分の壁。
これから始まる中2の毎日は、きっと、今までで一番特別なものになる。
​そんな予感に胸を弾ませながら、私は少しだけ彼の袖を掴んだ。
帰り道に広がるのは、切ないほど綺麗な夕焼けと、大好きな、優しい柔軟剤の匂い。
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