新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~
 スプーンを口元に押し付けられたリエルの脳裏には、王都のカフェで見かけた恋人たちの姿がよぎった。
 
「一回だけでいいのだが、だめか?」
「何が嬉しいんですか、これ?」
「何もかもだ」
 
 あまりにも意味の掴めない返答に、断る言葉を探す気力が削がれてしまう。
(試してみなければわからないことも、あるよね……)
 リエルが心の中で折り合いを付けていると、シオンは説得攻勢を強めた。
 
「リエル。天界では、長いスプーンやフォークを使って互いに食べ物を食べさせ合うのだという」
「なんとなくなんですけど、天界、そんな風習ないと思います……」
「実は俺は余命わずかで、死ぬ前に一度これをやってみたかったんだ……天に召された後に備えての予行練習のようなものだな」
「そんな見えすいた嘘で情に訴えかけるほどのこと……?」
 
 リエルは呆れ顔になった。
 ……しかし、考えてみれば、もともと自分がいただく予定だったスープだ。食べさせてもらうくらい、問題ない。
 ああだこうだと議論するより、食べてあげればいいではないか。
 自分の中で折り合いをつけて、リエルは口を開けた。

「いただきます」
 
 差し出されたスプーンからスープを飲むと、シオンは満足そうに天を仰いだ。

「神よ……よい思い出ができました」
「こんなことで神様に祈らないでください」
 
 シオンは満足げに頷き、スプーンを手放した。代わりに、リエルの三つ編みをじっと見ている。触れたくて仕方がないのに、理性で踏みとどまっている動物のようだった。
 一度そう思うと、なんだかとてもしっくりくる。
 大きな、何を考えているかわからない、肉食の獣。そんな感じだ。
 今はたまたま腹が満たされていて大人しいが、牙をむくと恐ろしい猛獣で――と、そこまで考えて、リエルは「ううん」と首を横に振った。
 目の前の王子様が暴れる姿が、あまり想像できない。とても安全だ。

「誤解されないように言っておかないといけないと思うんだ」
「……なんですか、真剣な顔で?」

 考え込んでいたところに話しかけられたので、一瞬どきりとする。続く言葉は、芸術品を鑑賞するような口ぶりだった。
 
「俺は髪の色だけで人を好きになったりはしないが、君の髪はとても美しいと思う。まるで天から舞い降りたばかりの初々しい雪のようで、儚く神聖だ」
「なんだか、聞いていて恥ずかしくなってきます」
 
 初恋の『天使様』を口説く予行練習でもされているのだろうか。
 眉を顰めつつ、リエルは気になることを口にした。

「シオン様、指、どうかなさったんですか?」
 
 シオンの両手の指には、なにやら痛々しく包帯が巻かれていた。
 指摘すると、シオンはきまり悪そうな気配になって、手を袖の中に隠してしまった。

「……爪が剥がれたんだ」
「両手全部……?」
「また生えてくる」
(痛そう……なんでそんなことに……?)
 
 さらに詳しく問いかけようとした時、幽霊猫のケイティがテーブルに近づいてきた。
 真っ白な尻尾をピンと立てて、甘えるように喉を鳴らしてから、ケイティはツンと顎を逸らした。
 
「リエル。あなたが後で傷つかないために忠告しますけど、シオン様はあなたが初恋の子と似てるから彼女を重ねて構ってるだけですの」
「ケイティ、なぜ、そんなことを言うんだ」
「あとで破局するより、良いではありませんか?」
 
 言われなくても、自分が『初恋の天使様』とやらに似てるのはわかってる。リエルは「問題ありません」と微笑んだ。
 と、そこに、緑髪のポニーテールを靡かせた料理長がやってくる。
 
「ねえ。もしかして、そこの魔法使いさんは嫌がる侍女ちゃんに付きまとってないかしら? 彼女、アタシの恩人なのよ。困らせないであげてよね」

 まるで正義の味方みたいにリエルの前に立ち、庇うように両腕を広げる料理長。シオンはそれに対抗するように立ち上がり、料理長に対峙した。
 空中で見えない火花を散らすふたりだが、片方がたぬきの仮面を付けているせいで、緊迫しているような、そうでもないような微妙な空気だ。

 シオンは落ち着いた声で反論した。
 
「俺は彼女に付きまとってはいるが、嫌がられていない」 
「嫌がられてる自覚がないのねぇ。一番困るタイプだわぁ~」
 
 ケイティがここぞとばかりに加勢する。

「ほら、シオン様。ご自分が客観的にどう見えてるか、相手の立場になって想像なさいな。あと、そろそろ会議の時間ですわ」
「俺が天使様の立場を想像するなんて恐れ多い……まあ、休憩時間は終わりだな。リエル。また遊びにくる」

 料理長に何か言うべきかと口を開きかけていたリエルは、言葉をほろ苦く飲み込んだ。
(やっぱり『天使様』なんだなぁ……)
 なんだか、少し面白くない気分だ。
 
 シオンが食堂を出ていくのを腕組みして見送り、料理長は心配そうにリエルに振りかえる。
 
「リエルちゃん。ああいう軽薄な男はちゃんと拒絶するのが大事よ~!」
「ええと……私、人違いされてるんです。……でも、身元も確かな魔法使いさんなので大丈夫ですよ」
「ナンパ男は噓つきなの。人違いとか、よく言うのよ~!」
   
 侍女仲間も「どうしたの」と寄ってくる。
 
「あのおかしな魔法使いがまた来てたの?」
「不審者よ、不審者」
 
(あの方は、この国の第二王子殿下なんですが……)

 もしも正体がわかったら後悔するのではないだろうか。
 リエルは少しだけみんなのことが心配になった。
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