新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~

  
 ――翌朝。

 リエルは拾った指輪の件を侍女長に相談した。

「昨夜、落とし物を見つけまして……」
「まあ! これは大変な落とし物ですね。すぐに持ち主の方にご連絡しましょう」
 
 事情を聞いた侍女長はすぐに手配し、指輪はブルーローゼ侯爵家へと届けられた。

 ほどなくして、礼状とともに品物が届く。
 青薔薇をモチーフにした、精巧なブローチだ。希少な魔法石で造られていて、角度によって色彩が豊かに変化する。リエルが持っている形見のペンダントに、少し似ている気がした。

「リエル。この魔法石はブルーローゼ侯爵家が独占的に加工生産している聖母の石(マザーストーン)ですね」
「初めて聞きました」

 侍女長が教えてくれる話によると、聖母の石(マザーストーン)は上流貴族に伝わる「王妃が元天使」という説に由来する。
 ブルーローゼ侯爵家はその時代、王妃の相談役をしていた。そして、王妃が天界の母から持たされた神秘的な宝石が人々の感情や記憶を保有する能力に目を付けて、魔法技術を駆使して似た宝石が作れないか模索したのだとか。
 
「生成の成功率はかなり低く、貴重です。まして青薔薇をモチーフにしているとなれば、社交界においてブルーローゼ侯爵家の後ろ盾があると知らしめるようなものです」

 ――すごいものを贈られてしまった。

 リエルは貴重品を凝視していると、侍女長はブローチを胸元に留めてくれた。そして、別の書類を取り出した
 養子縁組の証明書類だ。

「以前お話ししていた通り、養子縁組が成立しました。子爵家から養子を奪う形になるから少し揉めていたのだけど、青薔薇(ブルーローゼ)侯爵家が味方してくれましたの。今日から私はあなたのお母様ですよ」
「よ……よろしくお願いします」

 それでは、と侍女長はリエルの手を取り、母親のような包容力を感じさせる笑みを浮かべた。

「そうと決まったからには、さっそく家族に紹介しますわ」
「今すぐですか⁉︎」
 
 侍女長は行動力がある職業貴婦人だ。
 リエルはすぐにリンデンベルク伯爵家へと連れて行かれた。

 リンデンベルク伯爵家は、王都内にある。
 馬車を降りた瞬間、リエルは思った。

(……想像以上に広い)

 王城とはまた違う重みを感じさせる邸宅だった。上品に手入れされた庭が、その格を物語っている。
 侍女長――エレノア・リンデンベルク伯爵夫人は、慣れた足取りで玄関へ向かっていく。
 後ろに付き従うリエルは、途中で妙な光景を目にして足を止めた。

(……幽霊が集まって何かしている?)
 
 林檎の木のふもとに幽霊が数人集まり、何かを見ている。

「もうすぐ光返しの夜会(ルクス・レヴェランス)なのに我が子孫は今年も光返しの鏡を天に向けないのか」
 
 ……なんだろう?

「リエル。足を止めて、どうしたの? 緊張しているのですか?」
「いいえ。あまり実感がなくて……あの、変なことを聞きますが、あちらの木を少しだけ鑑賞してもいいですか?」
「もちろんです。ここはあなたのお家ですから」
 
 リエルは許可を得て林檎の木に近づいた。
 近づいてわかったのだが、周辺にいる幽霊たちは、古ぼけた鏡を見ている。

「この調子では今年も護国の伯爵家の役目を果たせず、家名が泣くわい」
「現当主夫人よ。この鏡を清めて天に向けてくれたまえ」

 男性貴族風の幽霊がふたり、侍女長に詰め寄っている。
 もちろん、侍女長は見えていない。幽霊もそれはわかっているようで、悔しそうだ。
 リエルは鏡の前にしゃがみこんだ。

「エレノア様。この鏡はなんでしょうか?」
「それは何代か前の当主様が肌身離さず持ち歩いていたと言われている鏡ですわね。その方の遺言で、外に置いてほしいと……」

 侍女長が答えると、男性貴族風の幽霊が「違う」と異を唱えた。

「祭事のときだけ出すから忘れるのだ! 本来は常に天へ向けておくべきものじゃ!」
「はあ……あなたが家宝を祭事に使うように子供に言い忘れたせいで、子孫は……」
「わしは確かに口で伝えるのを失念しとったが、わしより前の当主がちゃんと『我が家のしきたり』という当主が代々残す記録書に書いておったわい」
「それが火災で失われてしまうとは残念でなりません」
「有事のための写しが地下書庫にあるんじゃよ。夫人が前に友人を連れてきたときにそれを見つけていたはずだがな」
 
 なんとなくわかってきた。
 おそらく幽霊たちは、この伯爵家の先祖みたいな人たちだ。

「そろそろ中へ入りましょう、リエル」

 侍女長が促してくる。
 少し迷ってから、リエルは言葉を選んだ。

「エレノア様。私、ミーナさんに聞いたことがあるんですが、『我が家のしきたり』という貴重な書物の写しがあるんですよね?」
「まあ。ミーナが我が家の地下書庫掃除中に本の山を崩して埋まりかけたお話をしていたの?」

 そんな話を聞いたことはない。でも、嘘も方便だ。

「ミーナさんは、『我が家のしきたり』の中身を読んだと言ってました」
「あの短時間で?」

 エレノアは「ミーナは速読技能があったものね、さすがですわ」と感心している。

「ミーナさんがおっしゃるには、この鏡は家宝で、本来は光返しの夜会(ルクス・レヴェランス)の際に天に向けていないといけないのだそうです。それが護国の伯爵家の大切な役目だと」
「まあ」

 侍女長は真剣な顔になり、すぐに使用人に銘じて鏡を移動させた。
 そして、リエルを応接間に案内すると、『我が家のしきたり』の写しを確認した。
 さすが、ミーナの名を出すと信じてもらいやすい。
 
「なんだね奥さん。帰宅早々、我が家の重大な事実が発覚とは。僕は驚いたよ」
 
 応接間には、エレノアの夫もいて、突然の真実に目を丸くしていた。
 エレノアの夫は眼鏡をしている伯爵だ。灰色の髪をしていて、薄青の瞳は垂れ目がちで、温和な印象がある。

「君がリエルだね。話は妻から聞いている。養子縁組も二度目となれば心中複雑だろうが、我が家のことは便利な後ろ盾だと考えてくれればいいよ」
「……はい」
「もし呼ぶ気になったら、パパと呼んでくれてもいい」
 
 ――パパ?
 ふんわりと微笑まれて、リエルは戸惑った。
 すると、姉にあたる伯爵令嬢マリエラがくすくすと笑う。
 
「お父様は少し頼りなく見えるけれど、意外とお仕事はできるのよ、安心してね」
 
 マリエラはリボンを差し出して、「これはお姉様から妹への贈り物よ」と微笑んだ。陽だまりのように友好的な笑顔に、リエルはほっとした。

「アレクとエドはどうしたの?」
「あのふたりは若者に話題の大衆劇を観に行ってるよ」
「まあ。こういうのは初対面の挨拶が大事なのに」

 嫡男と次男は不在らしい。
 家族としての紹介は、それで終わった。
 拍子抜けするほど、あっさりしている。

 お茶の時間になり、エレノアが隣に座る。

「困ったことがあったら言いなさい。ここでは、あなたは家族よ」
「……努力します」

 リエルは紅茶をいただいた。香り高くて美味しい紅茶だ。伯爵家は良い家だ、と思った。
 同時に、「ここは私の居場所ではない」という感覚も湧く。養女に迎えられるのが二度目なせいかもしれない。

 エレノアは「我が家を気に入ってくれたかしら」と微笑み、実家暮らしの提案をした。

「リエル。わたくしは家から毎朝馬車で王城に出勤しています。リエルにもお部屋を用意しますから……」
「エレノア様。私、これまで通り王城に住み込みで働きたいです」
「そう……気が変わったら、いつでも声をかけてくださいね」

 こうして、リエルは実家暮らしを遠慮して、名ばかりの伯爵令嬢の身分を手に入れたのだった。
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