ハリボテロミオの夏の夢
「出たって失礼ね!そんな人をお化けみたいに!!」
出てきたそれは、ぷくっと頬を膨らませた。
ずれたメガネを元に戻す。目の錯覚かと思ったけど、それはやっぱりそこに立っていた。
嘘じゃ、ない。
「お……お化けみ、みたいって……みたい、じゃ……なくて、幽霊……なんでしょう?」
旧校舎の、演劇部稽古場に出る幽霊。
このタイミングで出会ったのだ。
それとしか思えなかった。
ま、まさか実在したなんて……。
「もう!お化けでも幽霊でもありません!!!私は由緒正しい演劇の神様!アメちゃんです!」
そう言って、自称演劇の神様ことアメちゃんは、きゅるんっと可愛らしくウインクをした。
「あ……アメちゃん?」
「そうです!まぁ、もっとちゃんとした名前も当然あるんだけど、長いとみんな覚えるの大変でしょ?だからアメちゃんでいいよ!」
でも演劇部の子なら長い名前でも関係ないか!と、アメちゃんと名乗る神様は、僕の前を通り過ぎながらケラケラ笑う。
突然のことに、どうすればいいのかわからない僕は、ただただアメちゃんを目で追うことしかできなかった。
アメちゃんは長い黒髪を後ろで束ねた若い女性だ。年齢は僕とたいしてかわらない……いや、ちょっと幼いようにも見える。
白い着物に赤い袴を履いて、頭の横には能面のようなお面をつけていた。着物はよくよく見れば、細かい綺麗な模様が入っていて、とても高そうだ。
確かに、言われてみれば容姿は幽霊よりも、巫女さんに近いような気がする。
「で、私を呼び出したってことは、そういうことだよね」
言葉を失っている僕に対して、急にアメちゃんは体を曲げて、顔を覗きこんできた。
そういうこと……?
そういうこと、って……。
あ。
「……神棚の幽霊が、演技を上手く……してくれる?」
「だーから!幽霊じゃないって!か!み!さ!ま!神棚にお酒供えてお願いするのに、なんで幽霊なのよ!」
と、アメちゃんは頬を再び膨らませた。
確かに。神棚に願うのに、出てくるのが幽霊っていうのは変だと言えば変だ。
神様にお供えするんだから、グレープジュースじゃなくってお酒っていうのも納得できる。
なるほだど、だからグレープジュースじゃ出てきてくれなかったのか。
「そ、その神様!!!……は、本当に演技を上手くしてくれるんですか……?」
恐る恐る、僕はアメちゃんにきいてみる。
「してあげるに決まってますとも!!!と言っても……」
そう言って、アメちゃんはすっ……と、着物の中に手を隠したかと思うと、どこからか手のひらサイズの棒の先に鈴がいくつか取り付けられた、神楽で使うような道具を取り出した。
そして、
シャン……。
一回、手に持った鈴を鳴らす。
対して大きい音ではないはずなのに、澄んだ鈴の音は、旧校舎に響き渡る。
すると、稽古場に青白い光がホワホワと蛍のように舞った。
シャン……。
再び鈴を鳴らすと、さらに光が増える。
光は、アメちゃんを中心にゆっくりと渦を描いていた。
その光を絡めとるように、アメちゃんはそっと鈴を持った手を上にかざす。
その動きに合わせるように、光が3つに分かれて集まっていった。
そして、
ドンっ!!!
「ッ?!」
勢いよく、アメちゃんが右足で床を鳴らすと、3つに分かれた光が弾け飛び、中から小さな何かがそれぞれ出てくる。
ぽわぽわとゆっくり降りていくそれは、何かの生き物のようだ。
よくよく見れば、それらは魔法少女のアニメで出てくるマスコットのような猫の姿をしている。
「ふわぁ……ンだよアメ、気持ちよく寝てたってのに……!」
いくつものシルバーアクセサリーをつけた毛の長い茶色の猫が、宙に浮いたままぐいっと伸びをする。
「ごめんねー。ノエちゃんがもうお仕事に行ってくれてるから、今回はみんなに任せたくって」
「仕事ですね、ウズメ様!」
「わー!久しぶりの人間界だー!!!」
「もう、アル!ウズメじゃなくってアメちゃんって呼んで」
そう言って、アメちゃんはメガネをかけた豹のような柄の猫の喉元を、優しく撫でた。
撫でられた猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。
もう一匹のゆったりしたパーカーを着た茶トラの猫は、アメちゃんの周りを楽しそうに飛び跳ねていた。
「はーい!この子たちがあなたの演技を上手くしてくれるよ!!!」
「こ、この子たちって……」
この猫が?
「うん。この子たち!とても優秀だから、心配しないでこの子たちに任せたら大丈夫!じゃあみんな、あとはよろしくねー!!!」
「え、ちょっ……ま……ッ!」
呼び止める前に、アメちゃんはシャンっという鈴の音だけを残して、一瞬で目の前から姿を消してしまった。